8月17日 16:45 千葉県鴨川市競技場

 親善リーグ戦の2日目。


 対戦相手はドイツの名門ボルシア・ヴェストファーレンのU18である。今日は早い時間帯……16時のキックオフだ。


 ヴェストファーレンは昨日、圧倒的な身体能力を見せつけ、上総U18に完勝している。地元の選手も多いコールズヒルと対照的に世界中のエリートを集めていると思しき布陣、簡単にはいかない。


 光明は来日メンバーが18人ということで、コンディション的には有利だろうということである。


(いくら化け物でも連日出ていたらキツイんじゃないか……)


 しかも、この試合は主力チームで臨む。


 良い試合ができるのではないかと期待していたのであるが……



 前半30分が経過した。



 スコアは2-0。稲城の2得点でリードしている。


 しかし、スコア以上に内容に戸惑いを感じていた。


 ヴェストファーレンの攻めは単発のロングボールを狙ったものだが、これがピンチになっているシーンは皆無である。


 マイボールになれば、色々回した挙句に瑞江に収めて、左サイドに稲城が斜めにエリアの前に入ると完全にフリーになっている。だから、5分以降の高踏の攻撃は全て稲城のミドルシュートで完結している。


 数えてはいないが、おそらく7本か8本。そのうちの2本が入っている。


 もちろん、個々の動きに若干の違いはあるが、2チーム集めて稲城のシュート練習をしているのではないか、という雰囲気である。


「……向こうは物見遊山気分なのかしらねぇ?」


 結菜が首を傾げた。


 リードされているにも関わらず、相手から「何とかしなければ」という雰囲気が伝わらない。昨日のコールズヒルは監督が怒り心頭だったが、ヴェストファーレンは監督も選手も何の感情も出さないまま今の状況を受け入れているように見える。


 33分、稲城の8本目か9本目のシュートが入った。3-0になったが、黄色と黒のユニフォームの選手達は「仕方ないなぁ」という雰囲気だ。



 と、ヴェストファーレンのジャージーを着た初老の男が近づいてきた。


「不甲斐ない試合をして申し訳ないね」


 通訳を交えて話しかけてくる。


「いえ、ドイツからの長旅がありますし、連日なので大変だと思いますし」


 陽人が擁護の言葉を口にすると、男はニヤッと笑って言う。


「そうかね? 『こいつらヘボいなぁ。ドイツの強豪だと期待したのに、隣の高校の奴らの方が強いんじゃないか』くらい思っていたんじゃないかね?」

「ま、まさか、そんなことは……。ただ、こっちは同じパターンばかりでシュートまで行けているので、ちょっとチームに問題があるのかなとは思っていましたが」

「問題はあるが大した問題じゃないよ。単純に圧倒されているだけのことだ。その結果としてポジションのズレが最大になるのがあの位置ということだね。平凡なチームが良いチームにやられる時のパターンだよ」

「平凡……凄い選手達ばかりだと思うんですけどねぇ」


 この初老の男は、あまり自分のチームのユース選手を評価していないようにも見えるが、全員スピードも技術も十二分にあるはずだ。こちらが上という言葉はやや腑に落ちない。


 陽人の考えが分かったのだろう。男は携帯電話を取り出した。


「これはuPhoneの最新版だ。大型で処理速度も速い。あいつらはこの最新版ではある。失礼を承知で言えば、君のチームは一部の選手を除いて二段階くらい前のバージョンかな」

「いえ、まあ、そんなものだと思います」

「しかし、uPhoneだけでは動かない。OSが必要だ。君達のチームは全員が最新鋭のOSを積んでいる。翻ってあいつらの中には5年くらい前のものしか積んでいない連中もいる。いくら外面が良くてもOSが古ければ不具合も起こすし、処理落ちもするということだ」



 陽人も結菜も後田も「えっ」という反応を示した。英語ならある程度分かるが、ドイツ語は分からない。だから通訳が何か間違えたのではないだろうか、とすら思う。


 立派な携帯電話があるのに、OSが古い。そんなことがありうるのだろうか。


「アップデートしないんですか?」

「できるなら苦労はしない。色々な理由があってね」

「色々な理由?」

「こういうことを話し出すと二時間でも三時間でもかかるものだが……」


 まずは、近年、データ化が進んだことにあるという。速度や走行量、走力やパワーがはっきり分かるようになった反面、内面の能力の高さは明確には測定しづらい。


「そのため、どうしてもフィジカルの良い選手の評価が高くなる」


 次に、選手の環境が良くなり過ぎたことの弊害があるという。


「昔の選手はひたすらにサッカーを追求したが、今は素質ある若者がちょっと頑張れば簡単に成功できるようになった」


 成功した後、人はどうなるか。更に苦労してより大きな成功を求める者もいるが、大半は成功を威張ったり、楽に手に入れた成功を安易に守ろうとするという。


「あいつらのうち半分くらいはドイツの普通の大人が数年かけて稼ぐ金を一年で稼ぐ。もっと厳しく、成功をおさめないと報酬を受けられないようにしたいところだが、残念ながら安易に金に頼るチームが出しまくるんでね。ウチも金の卵を取られないためにそれなりの金を出さなければならない」

「なるほど……」

「しかし、そうして守った金の卵が忠誠心をもってくれるわけではない。これが最後の理由だな。満足する奴は脱落する。満足しない奴は成長できるが、そういう連中は更に大金を求めてもっと大きな別のチームに行きたがる。ウチが勝とうが負けようがどうでも良いとまでは言わないにしても、チームのために歯を食いしばって必死に食い下がる者は10人いて1人か2人だろうね。あいつらを見れば分かるだろ?」


 淡々とプレーしているヴェストファーレンの選手を指差し、自嘲気味に話す。



 前半が終了した。


 3-0。


 シュート本数は高踏が9本でヴェストファーレンは僅か1本だ。

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