8月16日 20:35 千葉県鴨川市・宿舎

 試合終了後、宿舎に移動し、遅まきながら食事をとる。上総ユースの調理師が料理を作ってくれており、量も栄養価も十分なものだ。


 話題は当然、先程までの試合の話となり、その輪の中心になっているのは神津だ。


「おまえ、いつのまにあんなに強くなってたん?」


 司城が驚いた様子で尋ねている。


 司城によると、神津は良くも悪くもフィジカル的には普通で、守備的なポジションならCBもSBも中盤もできる部分が取り柄だった。


 話を聞いている陽人も内心で頷く。まさに陽人自身、そういうタイプだろうと思っていたからだ。器用さがウリであって、中央で張り合って海外選手を跳ね飛ばすような力を持っているとはとても思わなかった。


 リーグ戦でもとりたてて強いという印象はない。


 ただ、最後にリーグ戦があったのは先月の頭である。1か月半もあれば、徹底的な強化もできるのかもしれない。



 神津は戎のような無口なタイプではないが、といって司城ほど喋るタイプでもないので、首を傾げつつも。


「入学後は色々工夫しているから、それが活きてきたのかなぁ」


 と答えている。



 入学後、まだ一年生は強烈なフィジカルトレーニングをしていない。


 大溝ジムで、体幹トレーニングとストレッチメイン。ウェイトトレーニングはほとんど行っていない。


 ただし、入学前から色々工夫をしていたこともあると言う。


「そういえば、ボクシングのパンチについて聞いてきましたね」


 稲城がふと思い出したように言い、「そうなんですよ」と神津が頷いた。


 神津が参考にしたのは、ダンサーやボクシング、野球などの動きだという。


 ボクシングで腕をひねるようなパンチ、野球のピッチャーが踏み込む足に捻転を加えることで推進力を生むといった動きだ。


「俺は個々の筋力がそこまで強くはないから、そうした無理のないスピンみたいなのを利かせられないかと色々実験して足とか腰の動きに色々工夫を加えているうちに、しっくりくるものがあった」

「そうなのか?」


 司城が首を傾げている。


 司城の反応もまた分かる。神津の動きに「スピンが利いている」というようなものは感じなかったから、だ。


 ただ、本人が細かい工夫を加えた結果、強い力を発揮できるようになったのは事実なのだろう。器用さは体の使い方にもあてはまるらしい。


「実際に通用すると思ったのは数日前だけど、結構うまいこと行けた。あとは相手が構えるより少し早めに当たる工夫もしていたけど」


 どうやら、複合的な要素で強化されていたようだ。


 

「そういうものなのか、というか、そういう動きを中学からやっていたら、おまえ、昇格できたんじゃないか?」


 司城の言葉に、神津は「いや~」と首を振った。


「ニルディアジュニアではできなかったよ。何か自分で色々やるってのがしづらかったし、ボクシング経験者とか体操やっている人なんていなかったから聞きようもないし」

「まあ、確かにみんなサッカーしかやってないからな。サッカーのセオリー外のこととか、練習外で勝手なことはやるなって言われたかもしれないし、な」


 ここまで黙っていた戎がもう一言加える。


「あと、洋典はDFだから、チーム戦術がコロコロ変わる状況に対応しないといけなかったし」

「あ~、そっちも大きいな。高踏はやることが統一しているから、自分のことに集中できるよな」


 2人のやりとりに、周りが驚いている。


「ユースはやることが統一していないのか?」

「統一していない、って言うわけじゃないけど、例えばコーチによって微妙に受け止め方が違うとかそういうのはあるからな。ややこしいんだよ」


 複数いるコーチが約束事の優先度を共通させているわけではない。めいめいに指導されていくと、選手としてはコーチの言うことには逆らえずに段々やりづらくなる。


 しかも、ニルディアは決して強いチームではなく、コーチの入れ替えが頻繁にあったから、尚更だ。あちこちに顔を立てようとしているうち、器用貧乏という評価になってしまったのである。


 一方、高踏はコンセプトを守っている限り、ミスをしても文句が出てこない、しかもしっかりと実績も出せている高踏であれば、思い切ったこともできる。自分のことに集中できる環境で試行錯誤した中から生み出されたものであるらしい。



 神津のような存在が出て来ると、他のメンバーも「自分も負けられない」と色々試行錯誤していくだろう。そうした結果、メンバーの探求心がより強まっていくことは陽人にとって願ったりかなったりである。



 1年は良い雰囲気になっているが、一方で複雑な顔をしている者もいる。


 武根と石狩だ。


 それに気づいている者もいる。


「……陽人、いよいよ1年組がレギュラー陣を脅かしてきそうだな」


 後田の言葉は、まさに試合中考えていたことでもある。


 高踏Aチームのセンターバックは展開力のある林崎は確定だが、もう1人は武根と石狩の争いでBチームとの兼ね合いで武根となっている。彼はヘディングに強くて技術もまあまあだ。


 ここに神津が割って入る可能性が高い。ジュニアユース出身だから技術の高さは明らかだし、強さと高さでも武根の上を行くかもしれない存在だ。


「ただ、今のままだと近いうちに日本代表に取られるとか、海外チームの練習に参加するとかで、あんまりいなくなる可能性もあるな……」

「あぁ……」


 後田もげんなりとなった。後半のコールズヒルの監督とコーチのやりとりはもちろん彼も聞いている。練習に招待といったことが普通にありえそうだ。


「嫌だなぁ……。せめて呼ぶのは3ヶ月に2人くらいにしてほしいよなぁ」

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