8月16日 19:47 千葉県鴨川市試合会場
後半が開始した。
メンバーを全員交代させてしまったコールズヒルのU18は、当然というべきかボールの落ち着きどころがなくなり、かえって1年軍団のプレスに引っ掛かりやすくなる。
それでも、監督が「プレーもなければ、魂もない」と激怒していたことは肝に銘じているのだろう。前半のように取られて「あれ?」となることはなく、必死に食らいついてくる。
試合のレベルが上がってきた。
素早いパス回しができればかわせるが、一瞬でも遅れると激しいチャージがやってくる。
(いいなぁ。俺もこんな相手とやりたかったなぁ)
よくよく考えてみれば、親善試合なので制限がない。
自分にしても、後田にしても、ちょっとだけ出ることもできたなぁ、と考える。
(でも、今となっては一番役立たずだろうな……)
10分が経過した。
コールズヒルの控え組は奮闘こそしているが、それが効果的になっているとも言い難い。
この日、絶大な強さを誇っている神津が中央へのシンプルな攻撃をシャットダウンしているのは、選手が交代しても変わりがない。
前に送り出されたボールを繋いで、加藤がドリブルで突破しようとしたところを倒される。
ボールを蹴るのは司城だ。
ニアサイドに神津が入る。散々跳ね飛ばされているのを目の当たりにしているだけに徹底マークを受けているが、ボールはニアを通り過ぎる。
「ノー! 何故だ!」
コールズヒルの監督が立ち上がった。ファーサイド一番奥から中に入ってきた浅川がフリーでヘッドを放つ。ドフリーな状況に怒ったのだろう。
セットプレーから追加点が入った。
「光琴、セットプレーの時の動きをいつもしてくれればねぇ」
結菜と我妻が溜息をついて、陽人は苦笑した。
とはいえ、公式戦と親善試合の違いはあるが、セットプレーで似たような形からの得点である。
今後も、浅川はセットプレーではかなりの武器になっていきそうだ。
2-0となったが、20分を過ぎるとじわじわと押されるようになってくる。これは単純に1年組の疲労によるものだ。
「そろそろ交代した方がいいんじゃない?」
と、結菜が尋ねてきた。
「勝つことに主眼を置くのならそうするべきだろうが……」
親善試合である。
仮に逆転されたとしても、体力の限界までやらせるのも悪くないのではないかと思った。
もちろん、限界を超えていて負傷の心配があるのなら別だが、コールズヒルはさすがにイングランドのチームだけあって当たりは強いものの、負けているからラフに来るということはない。
ケガの心配はしなくて良いだろう。
そして、試合が押されてきても、失点には至らない。
こういう展開になると、ゴールキーパーの水田が驚異的な存在感を発揮するからだ。
「マーク、おまえはどう思う?」
先ほどまでガンガン怒鳴っていたコールズヒルの監督が、隣にいるコーチに尋ねている。
「25番はマストです、あとは14番、29番……24番のキーパーも面白いですね」
(うん?)
英語で話しているので、陽人達が分かることはないと思っているのだろう。かなりの大声だが、ある程度は分かるし、隣にいる瑞江が同時通訳してくれる。
「29番は面白いが小さすぎるな……。10年前ならともかく、今のプレミアで起用できるタイプではない」
小さい29番といえば戎である。となると、25は神津を指すようだ。
「25番は非常に興味深いな。特に大型でもないのだが、ウチの連中が誰も勝てない」
「当たるしか能のないジャッキーまで跳ね飛ばすのですから、只者ではないですね」
「俊敏性があるしキック精度も高く申し分のない素材だ。ネイビーズのトミナガを小柄にしたような印象だが、彼よりCB向きかもしれない」
(マジ……!? そこまで行っちゃう?)
陽人の中で、神津はどのポジションでも如才なくできる柔軟な選手という印象だった。強靭なヨーロッパの選手とも互角に張り合える上にプレミアリーグの強豪チームの主力選手と比較されている。仰天すべき出来事である。
「調査のうえで来春、招待してみるよう掛け合ってみよう」
「それが良いですね」
「招待か……」
海外のチームが気になった選手を練習生として短期間招待するというような話は聞いたことがある。
今の話を聞いていると、神津がその対象になったようだ。
凄いことになったと思う反面。
(また離脱者が出るんかい……)
という思いも否定できない。
そうこうしている間に、コールズヒルに得点が入った。
サイドからの低いボールに大柄の選手が一気に中に入る。ボールが激しく入り乱れる間に、シュートを打たれて入った。
さすがに疲労は限界のようで、全体が下がってしまい、そうなると何度も何度もボールを上げて来る。もちろん、神津には勝てないのが分かっているから、そこを外したところにあげる。こぼれ球に一気に詰め寄るが、コールズヒルは全員ハーフタイム明けからの登場なのでスタミナは十分だ。
「君達は変えないのかね?」
コールズヒルの監督が通訳を交えて尋ねてきた。
「せっかくですので、全員良い経験になるかなと」
「良いことだ。こういう試合で最後までピッチに立つのは自信になる」
最後は防戦一方となった。たまにボールを取ったら、前線の浅川と司城とで何とかキープしつづけるという状況だ。
それでも、水田の好セーブと全員守備もあり、終盤も1失点で耐え凌いだ。
結果として2-2で終了。
年齢差と交代人数の差を考えれば、勝ちに等しい出来だ。
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