海外との接点
8月15日 16:40 千葉県鴨川市遠征先
インターハイを終え、翌日に高踏高校に戻ってきたメンバーだが、気の休まる暇はない。
福島から戻った後、3日間の休暇(主として夏季休暇課題対策期間)を与え、その後3日練習をした後、千葉県に行くことになる。
ここにドイツの名門ボルシア・ヴェストファーレンとイングランド・プレミアリーグ所属のコールズヒルU18がやってきて、地元上総ユースも交えて試合をすることになる。
この1年半で色々な経験を積んできている陽人を含めた高踏の面々であるが、プロチーム……しかも海外チームまで含めた相手と交流をするのは初めてだ。
合流した初日、まずは上総ユースの責任者鈴木博太と話をすることになった。
インターハイのことは聞いているよ、残念だったね、というあたりから二、三、話をした後、明日以降のスケジュールとシステムについての話に進む。
「明日からの3日間で3試合。4チーム総当たりのリーグ戦形式で進めて、順位を決める」
「優勝したら、何かあるんですか?」
陽人の問いかけに鈴木はニヤッと笑った。
「みんなが『おめでとう』と褒めてくれる」
「……ということは、最下位なら『残念だったね』と慰めてくれるわけですか?」
「そうなるかな。でも、どこも順位はあまり気にしないだろう。向こうのチームは『ヨーロッパでやれそうな日本人はいないかな』というくらいの意識だし、こちらの選手も『ヨーロッパに認めてもらいたい』というようなものだから。試合の結果は二の次だよ」
身もふたもない話になった。
とはいえ、高踏高校にも司城のように海外でプレーしたいという明確な目標を持つ者もいる。口にしていないものの、希望している者も少なくないだろう。
「実際のところ、ユースチームにとってはどうなんですか? せっかくの金の卵を持って行かれるのは困るのではないですか?」
鈴木に尋ねると、複雑な顔を示された。
「もちろん、チームにとってはね。ただ、こういう道を示さないと選手が来なくなるのが現実なんだよ。野球ですら、今はメジャー、メジャーってなりつつあるだろう? サッカーは中田英寿が出て行った25年前からそうなっていて、海外に行くのがいたって普通のことになっている。日本に留まってくれというのは極めて難しいよね」
それならせめて移籍金を、という部分も結局、国をあげての交渉をしないため進みづらいところがある。結果、海外では百億円単位の移籍金が発生しているにもかかわらず、日本では億単位がやっとの状況だ。
「高踏高校の選手は、今のところどういう志望をしているの?」
逆に鈴木から高踏の状況を尋ねられた。
「ほとんど大学に行くんじゃないかという噂がある反面、プロ志望もいると聞いているけれど、はっきりしないから今のところ、全チーム二の足を踏んでいる感じなんだけど?」
「一応、校長からは今年の冬の選手権が終了した時点で進路希望などを公表しても構わないということになっています」
「冬か……」
「サッカーで次の進路を探すという発想自体がありませんでしたし……」
仮に一年前の自分達に「来年、Jリーグチームが注目するかもしれないぞ」と言ったとしても、「頭がおかしくなったのか?」と思われるだけだろう。
立場が変わり過ぎたものである。
「少なくとも瑞江君、立神君、陸平君の3人はほぼ全チームが欲しいってくらいだと思うけど、彼らは行くとしたら海外だろうからねぇ。ちなみにだけど」
「何でしょう?」
「上総ユースとの試合では、できれば篠倉君か鹿海君を前線で起用してくれないかな?」
「純か優貴ですか?」
これは単純に驚いた。相手から、「自分達との試合で誰それを起用してくれ」と言われるとは思わなかったからだ。
「現状、トップチームにも下部組織にも大型のストライカーがいない状況なんだ。だから、どこかから補強するしかないわけで、鹿海、篠倉の2人は注目している」
「わ、分かりました」
メモ帳がないので、スマホを取り出してメモ機能に記録しておく。
まさか主力ではない篠倉がJチームから評価されているとは。陽人は単純に驚いていた。鹿海のFWが評価されているというのも驚きである。
「最近は大型の選手が増えてきているとはいえ、やはり前線のFWとDF……特に中央は数が足りないんだよね」
「なるほど……」
高踏で考えてみると、センターバックは林崎、武根、道明寺、石狩である。
まず大型と呼べる選手がいない。石狩以外の3人は180前後なので日本の高校サッカーでは大型であるが、世界という舞台で見ればこのポジションで180前後は今や小型と言って良いだろう。
(このくらいならユースにも同じくらいの選手がいる。だから、高踏から取る必要はないということなんだろうな……)
対戦日程はコールズヒル、ヴェストファーレン、上総の順番である。
(純と優貴を前線で起用してほしいということは、Bチームを上総にあてるべきなんだろうな。ヴェストファーレンは有名だから、こちらはAチームが良いだろうし、残るコールズヒルは1年組になるかな。しかし、イギリスからやってきたチームに1年をぶつけたら文句を言われるだろうか?)
イングランドは世界でももっとも激しいリーグであり、身体的にはけた違いに強い選手が多い。
それこそ、180センチなんて子供のようなレベルであり、どのポジションにも190くらいある選手がゴロゴロと転がっている。
しかも、今回対戦する相手はU18だ。一年生を出すと2歳違うことになる。
(1年だとケガの危険性があるかな……)
「……交代枠って何人まで大丈夫でしょうか?」
「特に決めていないけど、7人くらいにする予定だが?」
「9人まで認めてもらえないですかね? 1年生も出しますので海外のチーム相手だとケガするかもしれないので」
鈴木が「うーん」と唸ったが。
「分かった。では、9人までOKということにしてもらうよ」
このあたりは親善試合である。緩い。
「申し訳ないです」
陽人は頭を下げたが、元々こちらが行きたいと言ったわけではなく、向こうが「来てくれ」と言ってきたのである。このくらいの条件は求めても許されるだろう。
「話が違う」と言われても、それはこちらの知ったことではない。
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