8月6日 13:25 Jヴィレッジ内会見場

 一方、陽人と真田はJヴィレッジ内にある会見席で、武州総合の仁紫・田中の2人とともに会見に応じていた。


 ……のであるが、陽人と真田は座っているだけで、もっぱら仁紫の独演を聞くことになる。



 もちろん、独演といっても仁紫が勝手にやっているわけではない。


 この試合の焦点として、どうしても試合数の不均衡が出て来ることになる。初戦となる武州総合に対して、高踏は1回戦から3試合目だ。


 仁紫は最初無難に応じていたが、どうしても「運営に不手際がある」と言わせたいのか、記者からは微妙に言い回しを変えて同じ質問が来る。


 3度目で、軽くキレたようだ。


「そうは言いますがね、東洋スポーツの野畑乾介さん」


 相手の記者の所属と氏名を言い出し、相手を動揺させると。


「ウチは、本大山形に戻ってきてもらう、2位チームに来てもらうという提案はしました。あるいはウチも辞退すべきという考えもあるかもしれませんな。他の方法は思いつきませんが、一流大学出の記者さんなら良い回答をお持ちかもしれない。東洋スポーツの野畑さん、どうすべきだったと思いますか?」


 と質問してきた3人の記者に、所属と氏名をあげて逆質問を繰り返した。


「……おや、3方とも何もない? 東洋スポーツの野畑乾介さんと朝夕スポーツの池下清さんと月刊サッカーパパラッチの石井由香さんと3人いるにも関わらず何も返答がない? そもそも、ここはサッカーの試合に関する質疑応答の場で、教育問題の場ではありません。そういうことは高体連や教育委員会に持っていっていただきたい。分かりますか? 東洋スポーツの……」


 しつこいくらいの記者の名前と所属をあげて文句を言っているので、他の記者も震え上がったようだ。完全に黙り込んでしまった。



「すごいな、このおっさん。会見場にいる記者全員の名前と所属を知っているんだ」


 完全に放置状態の高踏側では、真田が小声で陽人に語り掛けている。陽人が苦笑して答える。


「……だから相手の監督をおっさんと言ったらダメですよ」

「俺もこのやり方は今後参考にしたいよ」

「……どうぞご自由に」



 周囲の記者が黙ってしまったところに、日本政経新聞の石綿が挙手をした。


『仁紫監督、この試合の、特に前半はかなり大きなブーイングが飛んでおりました。見たところそれを予想していたように思いましたが、対策をしていたということですか?』

「対策はしておりました。体育館で色々と、まぁ……。この歳になって初めて知りましたが、ブーイングは、されると分かっていれば決して不利ではないのだなと思いましたよ」


 先制点のことを念頭に入れているのだろう。


 石綿が追加で質問をした。


『それを見こして、煽っていたのでしょうか?』

「あれは大人げありませんでしたな。ただ、本心でもあります。サッカーは情熱……パッションのスポーツだと良く言います。だからブーイングそのものは否定しません。しかし、最初からブーイング目的で来るというのはよろしくありません。最初から観客がブーイングすることを織り込んでいる競技はプロレスくらいです。選手にプロレスをさせるわけにはいきませんので、大昔にレスリングを1か月だけやったことのある私がプロレス風に応じたまでです」



 石綿は周囲を見渡したが、他の記者に質問する様子がないので、質問を続ける。


『両チームにお聞きしたいのですが、先程の試合はPK戦までもつれましたが、PK戦についてどのような準備をされていたのでしょうか?』


 まずは仁紫が答える。


「正直何もしていません。できることがなかったという方が正しいですな」

『と申しますと?』

「これまで高踏高校がPK戦に出たことはありませんから、ほとんど情報がありませんでしたからな。蹴った情報があったのも戸狩君と、試合中の園口君くらいでしょう。情報が何もないので対策の仕様がありませんでした。ただ、ある意味ブーイング対策でやっていた騒音の中の練習がPKに生きるところもあったかもしれませんな。余計な雑念は持つな、と」

『10人目の井上君がパネンカを蹴ったのも、その余裕だと?』

「あれはミスだと言っておりました。一瞬心臓が止まりそうになりましたよ。頑張っている選手に対して言うことではありませんが、あれはブーイングされても仕方ないやや失礼なプレーに見えましたが、本人にその気はなかったようですので」


 仁紫はそう言って苦笑した。どうやら、相手をおちょくったプレーは嫌いらしい。


『高踏高校はどうだったのでしょうか?』


 ようやく質問が回ってきた。


「有志を募ってやってはいましたが、10人目までは予想していませんでしたので、やっていない者もいました。また、やっていると言っても、結局試合中のプレッシャーのかかる場面とは異なりますので、今度ブーイング対策のうるさい中で練習をやってみようと思います」


 隣にいた仁紫が笑った。


「会話も聞こえなくなるくらいうるさくすれば、自分のプレーをはっきりさせるしかなくなるから、割といいのかもしれない。ま、昨日初めてやってみただけだから、効能が本当にあるのかどうかは分からないが」

「参考にさせてもらいます」



 その後、2、3の質問に答えて記者会見が終わった。


 ホテルに戻るまでの途中を、仁紫と田中と並んで歩く。


 仁紫が話しかけてくる。


「色々残念なことも多い試合だったが、冬も対戦があるかもしれないし、その時はよろしく」

「はい。こちらこそ」

「おっと、そういえば代表のこともあるんだっけ。高幡のことをよろしく頼むよ。今月下旬には間に合うだろうから」

「……いや、練習地になるだけでどうするか決めるのは僕ではないですので」


 陽人はそう答えるが、実際はそうならない。


 更に、武州総合から来るのも高幡1人ではなかったのだが、この時点ではまだ知る由もなかった。

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