8月6日 12:20 高踏高校宿舎

 試合が終わると、高踏の選手達は片付けやシャワーを済ませることになる。


 それが終わると、後田を中心に集合した。


 陽人と真田は両監督の記者会見に向かっているからだ。1時間ほど会見をした後、車で帰ってくるはずなので待つことなく先に帰ることにする。



 バスでホテルまで戻り、玄関までついたところで円陣を組んだ。


「まあ、何はともあれみんな、お疲れ。今日はゆっくり休んで、明日、高踏に戻ってまた仕切り直していこう」


 そう言って、浅川の方を向く。


「浅川、終盤のことを完全に忘れろとは言わないが、自分を責める必要はないぞ。今日の2点を取ったのはおまえだし、PKも貰ったわけだから十分すぎる仕事をした。今日の試合に責任があるとすれば第一は俺と陽人ということになる」


 瑞江と立神のコンディションを測りかねて、試合に起用し、ハーフタイムで交代枠を2つ使ってしまった。それがなければ、もう少し適切な交代もできただろうし、結果は変わっていたかもしれない。


 相手にブーイングが来るという特殊な環境も全く予想していなかった。


「結果的に俺達の準備が足りなかったということだ。だから、気にするな。以上、解散!」


 そう言って解散した。



 園口は部屋に戻ろうとしたが、ふと浅川が何をしているか気にして振り返った。


 ボールを持って、外に出ようとしている。


「どこに行くんだ?」

「練習しながら反省しようかなと思いまして……」

「……練習って、この真夏の炎天下で、か?」


 正午の時点で33度を超えている。


 この後もう少し上がって、34度になるくらいの予報が立てられている。


 一試合こなした後、更に練習しても良いことはなさそうだ。


「反省点を、というのなら練習するよりさっきの試合映像を振り返った方が良いんじゃないか?」

「そうですねぇ」


 園口の提案に、近くを歩いていた稲城も応じた。更に反対方向に歩こうとしていた陸平も足を止める。



「君とチームがうまくかみ合っていない感は、僕も感じていたけど、それは練習して改善する感じのものじゃないんだよね。君がチームの中ではうまい部類なのは間違いないけど、それとは違う感じがある」


 陸平の言葉に稲城が応じた。


「私はサッカー経験が浅いので、浅川君にこういうことを言える立場ではないかもしれませんが、試合中、もう少し首を動かしても良いのでは、という気がしますね」

「首……?」


 浅川が目を丸くするが、陸平も頷いた。


「僕もそこは気になっていたんだよ。要は……」



 試合中、選手は首を振って周囲の状況を確認する。


 ただし、各選手ともリアルタイムで動いている。全選手が動き回る中では1秒、2秒で状況はガラッと変わる。


 その状況をなるべく正確に押さえるためには、何度も何度も確認して情報をアップデートする必要がある。


 例えば陸平はボールだけでなく、全選手の動きを頻繁にチェックし、次の展開を読む。


 陸平と比べると、浅川はそうしたチェックの頻度が純粋に足りない。だから、自分が想定する展開と実際の展開に食い違いが生じる。


「多分中学生の時には、周りも君に合わせていたからそれで何とかなったのかもしれない。ただ、高踏だと君がファーストオプションというわけではないからね」


 浅川のためにパスを出す、という展開にはならない。そうである以上、パスを呼び込む動きや展開を予想するためにもっと試合情報を視野に捉えて、常にアップデートし続ける必要がある。



「首ですか……」

「そうだね。それこそ映像で僕や希仁と比較してもらえばいいと思うけど、君は試合から情報を拾い上げる頻度が絶対的に少ない。普通の選手なら脱落するレベルだと思うけど、君はセンスがあるから少ない情報からでも最低限の答えは出している。だから、最低点くらいの動きはできてしまう」


 まあまあできているから、情報を拾い上げようという意識が上がらない。


 中学レベルではそれで良かったが、高踏のような徹底的にディテールまでこだわるところではそれではうまくいかない。うまくいっていないのだが、これまでセンスでやってきたし、決定的にできていないわけではないから、そこに問題があることに気づかない。


「多分、今までの2倍振っても問題ないと思う」

「そんなに、ですか?」


 陸平の言葉に、浅川はびっくりした。


「それでも足りないかもしれない。だからボールを使う練習するより、それこそ一週間違う競技でもやってみるくらいで良いかもしれない」


 サッカーセンスがあるのだから、練習すればする程センスに頼るようになってしまう。そこに問題がある以上、逆に離れてしまった方が周囲からの気づきが増えるのではないか、そう説明したうえで稲城に尋ねる。


「ボクシングのスパーリングとかどうだろう?」


 稲城が「いや~」と首を振った。


「良いかもしれませんが、私が相手したら大変なことになるかもしれませんし、慣れない者同士でやるのはお勧めしないですね……」

「そうかぁ」


 スパーリングはまずいと分かったようだが。


「それこそ耀太だって、中学時代に間違ったランニングフォームを植え付けられて、大溝さんに直されるまで負のスパイラルに嵌りまくっていたわけだからね。ガムシャラに頑張れば良いというものではない。それこそチームと反対側にガムシャラに走ることになるかもしれないわけだし」

「そうですか……」

「ま、改善策は戻ってから考えるとして、今日は試合映像の振り返りくらいで良いと思う。で、周囲の選手と首を振っている回数がどのくらい違うか見た方が良いんじゃないかな?」


 そう言って、陸平は外の方に向かう。園口がけげんな顔で聞く。


「って、おまえは何で外に行くんだ?」

「野外には出ないよ。ヴィレッジのプールでトレーニングしてくる。君達と違って、僕は今日一日サボッているんで、無理のない程度には体を動かさないとね」


 そう言って、陸平は入り口からホテルの外へと出て行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る