8月6日 11:53 総体試合会場

 後半30分を過ぎて、試合は2-2のまま。


「うーむ……」


 インターハイでは決勝戦を除いて延長戦がない。


 同点で終わった場合、すぐにPK戦を行い決着をつけることになる。



「どうすべきか……」


 陽人の悩みはただ一つ。交代枠を使ってGKを鹿海から須貝に替えるべきかである。


 ことPKだけなら、1年の水田が圧倒的に強い。


 もし水田がメンバーにいるのなら躊躇なく替えるが、鹿海と須貝はどちらが良いとも言い切れない。セービングなどは須貝が上だが、背丈は鹿海の方が上だ。相手にとっては鹿海の方がやりにくいかもしれない。


「チャンス!」


 考えをめぐらしているうち、喚声がスタンドからも付近からも起きた。


 源平からボールを奪った道明寺から久村、戸狩と繋いでラインの裏、左サイドの浅川に出た。


 長い距離をドリブルして走る浅川を紺谷が猛然と追いかける。


「光琴―! 中がフリー!」


 紺谷の背後に櫛木が、更にその後ろに戸狩もついている。井上と坂峯が追いかけているがどちらもフリーで打てそうだが……


(見えてなさそう……)


 浅川の目はゴールにしか向いていない。前からGKが、右から紺谷が迫るのでコースはどんどん狭まっているが、中を見ているようには見えない。


「折り返し! 折り返し!」


 結菜が叫び続けるが、浅川はシュートを打った。GKの低く構えた股下を狙ったと思しきシュートは、清井がきっちりと足を閉じたことで確保された。


「何でよー!?」

「まあ、FWだからシュートを打つのは仕方ないんじゃないか」


 判断が良かったとは言えないが、そこで簡単にパスを出すのもFWとしてあまりに弱気に過ぎる。


 少なくとも逃げたようなプレーではないし、批判することはできない。



 そして、後半終了のホイッスルが鳴った。



 PK戦、コイントスに負けて後攻となった。


 PKは条件としては五分五分で行われるが、先攻の勝率が6割前後と偶々とは言いづらいほど先攻が有利だ。


 再度、GKを替えるかどうかという選択が突きつけられる。


 鹿海と須貝、2人を見比べたが、回答は出ない。


(回答が出ないということは、替えない方が良いか……)



 武州総合の1人目は源平だ。大きな体から強烈なシュートが右隅に刺さる。鹿海は反対に飛んでいたが、同じ方向でも止められなかっただろう。


 高踏の1人目は園口。試合中ではPKを止められている。その時は二度連続右に蹴った。


 今回はどうするか。


 助走をつけて蹴り込んだのは真正面だった。しかも、天井である。


「うわぁ、よくやるわ……」


 陽人含めて何人かが同じような声をあげた。キーパーは左右どちらかに飛ぶことが多く、中央にとどまることは少ない。ただ、中央でもコースが甘いとキーパーの足に阻まれる可能性がある。天井ならその心配はないが、外す危険性も高い。



 そこから次々と決めていく。2人目の楠原、戸狩。3人目の里川直斗、道明寺。4人目の里川蹴斗に稲城。全員が決めた。


「6人目以降は……」


 5人は決めたが、それ以降は考えていない。しかし、6人目以降もありそうだ。


 陽人は蹴っていない面々を見渡したが、明らかに蹴りたくない雰囲気を醸し出しているのが2人いる。櫛木と浅川だ。


 櫛木はそもそもサッカー経験自体が浅く、キックの技術がまだまだだ。PKは練習で蹴ったことはあるが、自信がないのは仕方がない。


 一方の浅川は慣れていそうには見えるが、自分で奪ったPKを園口に譲ったくらいだから、やはり自信がないのだろう。


 それ以外と目を向け、颯田を見た。視線が合って、「分かった」と頷いた。



 5人目の徳宮、鹿海も決め、6人目へと入った。ここからはその1人1人での勝負となる。


 6人目の坂峯も颯田も共に決めた。7人目、上門と久村も決める。


 迎えた8人目、武州総合はGKの清井だ。力強く蹴ったシュートがポストを直撃したが、内側に入ってゴールイン。高踏は神田が決めて8-8で続く。


 この時点で、陽人は蹴りたくない2人の順番を決めないといけなくなるが。


「10人目は浅川、11人目は俊矢で」


 経験を考えると、浅川の方を先にすべきだろうと判断して、決定を伝える。


「……分かりました」


 と浅川が応じた時には9人目の紺谷と武根も決めていた。


 10人目、このまま一周してしまうのか、という雰囲気が会場を包む中、武州総合は一年生の井上が出てきた。


「何!?」


 会場が大きくどよめいた。右に飛んだ鹿海をあざ笑うかのように、真ん中にふわっとしたボールが入る。


「10人目なのにパネンカ(※)を決めてくるとは……」


 と思ったが、井上本人は胸のあたりを押さえて、「良かったぁ」という必死な顔をしている。どうやらミスキックがパネンカのようになったらしい。


 浅川が前に出た瞬間、陽人は「しまった」と後悔した。櫛木を前に置くべきだったと。それくらい浅川の動きはぎこちない。ボールを受け取り、二度深呼吸して落ち着かせているが。


「これはまずいな……」


 久村がつぶやいた。


 不安を抱く中、浅川が助走をとり。


 そして、外した。



 陽人は、その場に崩れた浅川の方に向かおうとしたが、既に園口と武根が向かっているので相手側を見た。


 監督の仁紫権太がこちらに歩いてきている。


「すまなかったね、もっと公平な形で試合をしたかったが……」


 仁紫が申し訳なさそうに言うが、この試合が不公平な試合になったことに関して、彼らが何か悪いわけではない。


「仕方ないですよ。この後も頑張ってください」


 陽人はそう言って、仁紫と握手をして別れた。



「まあ、この先を考えるとこのあたりで帰れて良いかもしれないな」


 独り言が漏れた。


 実際、ここからの数日が試合なのと休みなのとは大違いだ。


 代表に行っていた3人はゆっくりできるし、それ以外のメンバーは中旬の招待試合と、下旬の代表の練習に向けて準備ができるのだから。




※パネンカ……PKにおいて、キーパーが左右どちらかに飛ぶことを見越して、真ん中あたりにチップキックを蹴るやり方。決まれば観衆からは賞賛の嵐だが、止められれば通常の倍以上の非難を浴びる。そして決めても外しても監督からは目茶苦茶怒られる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る