8月6日 10:06 総体試合会場
前半25分を回った。
通常の試合だとまだ半分を過ぎたくらいであるが、総体は35分ハーフで行われるからあと10分しかない。
展開は6:4で高踏である。
もっとも、初戦と二回戦は6:4というような展開ではなく、9:1に近いくらいで攻めていた。だから、客観的には押しているのだが、周囲の印象的には「高踏がかなりやられている」というような風にも映る。
「前半はこれで良いかな」
ただ、陽人は1-1のままで良いだろうと考えていた。
「後半はどうする? 瑞江さんと立神さんがあまり良くないよね」
結菜の指摘は、陽人ももちろん考えていたことである。
「浅川が結果を残してくれたし、達樹と翔馬は前半でお役御免にするかな」
いつものように圧倒していないというだけで、悪いというわけではない。
それでも、今後のことも考えれば、あまり無理をさせたくもない。
幸い、この試合で一番交代要員になる可能性のあった浅川が比較的調子が良いようである。瑞江と立神を替えても、残り3つの交代枠でうまく収められそうだ。
「相手を考えると替えたくないけどねぇ」
結菜が言う。
繰り返すが、2人は決して悪いわけではない。
それ以上に瑞江と立神は世代別代表の主力として恐れられている。これを下げてしまえば、相手が受ける心理的プレッシャーはかなり軽減される。
陽人ももちろんそれは理解している。
「そうなんだけど、今後のこともあるしな……」
いつの間にか夏のスケジュールは目一杯だ。そこに瑞江と立神がいないというのはまずい。
この試合というより、今後のことを考えて、無理をさせられない。
「前半で下げて、あとは櫛木と神田に頑張ってもらおう」
そのまま数分が経過した。
展開は変わらない。やや優勢だが、決定機を数多く作れているわけではない。
そんな中で稲城から瑞江にボールが入った。久しぶりに前を向いてかわそうとしたところで中盤の坂峯からタックルを受けた。
笛が鳴る。
ゴール右側、30メートルほどの位置からのフリーキックだ。
ここは立神なら十分狙える位置である。
「ここで追加点が欲しいなぁ」
結菜の言葉は、ありきたりすぎる言葉ではある。
極論をいえば、いつだって点は欲しい。先制点だろうと、追い上げる点だろうと、追加点だろうと。
とはいえ、この試合は良くない時間帯が多く、エース2人が本調子ではない。
2人をハーフタイムに下げることを考えている以上、前半をできればリードして折り返したいという気持ちはある。
立神がいつものルーティン……背中を向けた体勢から反転してボールに向かい、一気に蹴り込んだ。
一瞬、ゴールへ向かうと思ったか、GKの清井が下がった。
しかし、ボールが回転をかけてゴールから遠ざかる。合わせるボールだ。
ニアの武根と紺谷を超え、中央で井上と神沢が競り合うが、この上も超える。
「ファーサイド、フリーだ!」
一番大外から飛び込んだ浅川がフリーで飛び込んできた。
俊足を生かした突破が武器の浅川だが、身長も182センチ。FW陣では篠倉に次ぐ長身であり、跳躍力もかなり高い。強烈なヘディングをゴール目掛けて放つ。
清井は下がりながらも何とか飛び上がろうとするが、体勢が悪すぎる。
ボールはその右下をバウンドしてゴールネットへと突き刺さった。
2-1、逆転。
「やったー! 光琴!」
結菜が立ち上がり、ここまで大人しくしていた我妻も「2点目だー!」と立ち上がって喜んでいる。
(一応役員が、特定選手の活躍で喜んでいるのはいかがなものかとも思うが……)
2人にとって浅川は小学生からの同級生である。厳しいコメントも口にしていたが、それも期待の表れで不振からの2ゴールは嬉しいのだろう。
ひとまず何も言わないことにした。
「達樹も翔馬も、下がる間際に良い仕事をしてくれたな……」
ファウルを受けた瑞江と、それをきちんとゴールに結びつけた立神。
決めたのがこれまでチームでも数少ない「乗れていなかった選手」の浅川であったことも大きい。
「一見微妙そうでもゴールという結果は出せる。ストライカーはやはり使い方が難しいよなぁ」
喜ぶベンチから少し下がり、陽人は独り言のようにつぶやいた。
浅川の2ゴールは嬉しいが、1点目は相手DFが不用意に持ちすぎていたのをかっさらってのもの、2点目はセットプレーである。
チームとしての戦い方が理解できてきた、というわけではなく単発のシーンでうまく結果を出したという印象が強い。
もちろん、FWにとってゴールは何よりの良薬である。どれだけ酷い形であっても得点を取ることで自分本来の動きができるようになることもありうる。
できれば浅川にもそうなってほしい。
そのまま前半が終了した。
2-1。
試合に入るまでの状況、いきなりの失点、瑞江と立神の疲労を考えると上々の前半と言えた。
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