8月6日 10:18 総体試合会場
スタンドではハーフタイムに入ると同時に吉岡が時計を見た。
「あと10分くらいですかね」
洛東平安の試合もある。いつまでも見てはいられないということのようだ。
「もちろん、ああいう話をしてしまったからには高踏さんを見るしかないのでしょうけれど、時間のある時にはうちの上木葉と城本も見てやってくださいよ」
どうやら自分のところの選手のPR目的もあったようだ。
もちろん、洛東平安の
上木葉は2年ながら背番号10をつけ、城本は関西プリンスリーグでダントツの得点王、どちらもU17に呼ばれて全く不思議ではない選手だ。
特に洛東平安では昨年卒業した能井田と不破が2年前の大会に出場していたこともある。
できれば2大会連続で出したいという思いがあるだろう。
「能井田と不破の世代は、昨年は全員がウチの選手ということもありました。やはり、同じチームの者は優位になれます」
能井田と不破はともかく、残りの3人は個人としてはJリーグ組には敵わなかったという。それでも能井田と不破のことを知っているから組ませた時の相乗効果もあるということで、1人増えて2人増えて、バックラインが全員洛東平安の試合になったこともあった。
そのままU19世代で生き残ってほしいというのが吉岡の望みだろう。
「……今回なんか不作だと言われていたじゃないですか。星名以外目ぼしい選手がいないってね」
「そうでしたね」
「あれって、協会関係者もサッカーメディア系もユース組を見ていて、高校生についてはほとんど見ないまま言っていますからねぇ。高校関係者としては悔しいものですよ、やっぱり。そういう意味では、高踏高校にチームジャックしてもらって、それなりの結果を出してほしいという希望があるのは事実です」
事実ですと言いながら複雑な表情をしているのは、やはり上木葉と城本に代表経験者という箔をつけたいという思いがあるのだろう。
それは峰木にも十分分かる。監督をしている以上、選手に少しでも良い道を行ってもらいたい。代表になれる素質があるのなら、何とかして行ってほしい、と。
と言って、それで情けをかけるわけにもいかない。情にほだされていては、どれだけ枠があっても足りなくなる。
ただ、峰木は自分がかつての母校に対して要請していることは、吉岡にも説明することにした。
「吉岡さん、私が昨年まで指揮していた北日本短大付属にも当落選上の者が大勢おります」
アジア大会でも全試合に出ていた佃浩平はほぼ確定だが、七瀬祐昇、小切間浩章、石代崇といった面々も能力的には選ばれても不思議ではない。
「夏木君に話をして、9月から10月にかけても彼ら候補になりうる選手については週末を高踏高校で練習してもらうつもりです」
吉岡が目を丸くした。
「えっ、高踏まで!?」
驚いて当然である。
週末に練習するということは不可能ではない。仙台空港からセントレアまで飛行機で1時間、バスで更に1時間くらい、片道2時間の道のりだ。
しかし、それは同時に土日に彼らがチームにいないことを意味している。
都道府県のリーグ戦はもちろん、冬の選手権の県予選にも彼らを出さないということを意味する。主力中の主力であるはずの彼らを。
ただ、北日本短大付属は去年全国優勝するまでは長らく県予選を突破することに苦労していたところである。
全国大会出場どころか全国優勝を果たして、監督が日本代表監督にまでなった以上、チームの戦いよりも代表支援を全面的に行う方が学校の利益になると思ったのかもしれない。
「こういうことをする以上、反発するところもあるでしょうしねぇ。それなりに信用できる他のメンバーが必要ということもありますし」
峰木はそう言って苦笑する。
それもありうるは、ありうる。はっきり公言している者はいないが、「県立高校のメンバーを中心に、って代表を舐めているのか」と思っている面々は少なくないという。特にJリーグ側は非協力的な態度をとるチームも少なからずあるかもしれない。
そうなった時に、頼れるのは自分の元いたチームということになる。彼らを高踏で練習させることで同じレベルとまでは行かなくても、連携面や戦術面のぎこちなさは解消されるだろう。
「ということは、場合によっては高踏と北日本の連合軍になるかもしれないわけですか」
「そうなりますな」
「……夏木君はそれで構わないと?」
「主力抜きで県予選を勝てないと、高踏の選手層には勝てないというのもありますね」
「なるほど……」
インターハイはともかく、30人が登録できる選手権では高踏の選手層は更に際立つことになるだろう。
この試合にしても、浅川が2得点、神沢も問題なく守備をこなしている。2チームどころか3チーム用意してくるかもしれない。
仮に早い段階で高踏に当たれるなら、ベストチームで勝てるかもしれないが、北日本短大付属と洛東平安には望めない話である。2校とも高踏と同じく、昨季はベスト4まで進出している。ということは、シードされて準決勝までは当たらない。
本気で勝ちに行くのなら、洛東平安も2チームは必要ということになる。
「吉岡先生、そろそろ時間では?」
「……そうですね。それでは失礼いたします」
吉岡は峰木に一礼して、スタンドを後にする。
スタンドから通路へと戻る時、ふと考えた。
「京都から名古屋まで40分、バスで1時間か……」
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