8月6日 9:34 総体試合会場


 試合会場にやってきた峰木はじめ他校の監督も、会場の雰囲気に戸惑いを感じる。


「一体どういうことなんだ?」


 元々ブーイングがあったところに、武州総合の監督が煽るような仕草をして更に酷くなったというが。


「一回戦の時より酷いですね」


 スタッフの1人が言う。峰木が首を傾げた。


「日程だけでそうなるものか?」

「元々ブーイングしたくて来た層がいたんでしょうねぇ」

「元々ねぇ……」


 今原学園がいたことで、ブーイングをしにきた者が集まった。


 義憤を抱いた者もいたのだろうが、鬱憤晴らしでやっていた者も少なくない。


 そういう手合いにとっては“する”、“しない”という要素のみになる。問題の軽重という観点はなくなり、"する"相手なら関係なく大きなブーイングが飛ぶ。


 もちろん、対戦相手が人気急上昇中の高踏高校で、相手が敵役になりやすいという要素もあるのだが。



 いよいよ試合開始時刻となる。キックオフは高踏で、このときはもちろん静かだ。


「峰木さん、隣、いいですか?」


 声をかけられて振り返ると、洛東平安の吉岡清斗が座ってきた。峰木より7つ年下、世代的には武州総合の仁紫とほぼ同じだが、仁侠映画にでも出て来そうな仁紫に対して吉岡はサラリーマンのようなきちんとしたスタイルである。この暑い中で、きちんとスーツを着用していた。


 午後からの試合なのと、「会場が隣なので」見に来たらしい。


「相変わらず高踏はメンバーが読めませんね」

「そうですね。今日は左サイドをかなり変えてきている。これがどう出るのかな……」


 2回戦から中1日。


 アジアカップで軽度のトラブルを抱えた陸平は休養、そこには久村が出ている。


 更に左サイドには曽根本に浅川が入り、稲城と園口が中盤に入るという布陣のように見える。


 初見の布陣だが、これまでのところ、高踏は自ら選んだ布陣に関しては問題なく機能させている。であれば、この布陣に関しても問題はないのだろう。



 試合が始まった。


 高踏はいつもと同じく高いラインを取る、一方の武州総合は高幡舞の見立て通りラインは低い。俊足のCF古郡穂積が後ろを伺う構えを見せるが。


「須貝君はともかく、鹿海君は中々許さないのではないかと思うが、どうかな?」


 そう呟いた峰木が、次の瞬間、ブーイングに顔をしかめる。


「ピッチを見ていなくても、どっちがボールを持っているかすぐに分かりますね」


 吉岡が苦笑した。


 

 武州総合は紺谷にボールを回して、前線の古郡を狙うが、ボールが長過ぎた。


「余程ピンポイントで合わないと無理でしょう」


 裏を狙うと言っても高踏の速い寄せをかわして、かつピンポイントで抜ける選手と合わせるのは容易ではない。


「ただし、通らなくてもやっていった方が良いですね」


 吉岡の見立てに峰木も頷く。


 武州総合は今大会最初の試合であるから体力に余裕がある。前半から狙い続けていけば、後半、高踏が先にへばってプレスがかからなくなり、裏を取れるかもしれない。



 最初のシュートは高踏・颯田だ。


 右サイドの立神のボールを受け、チェックが遅れたとみるや反転してシュートを打ったが、僅かにコースを外れた。


「彼がこれだけシュートを打てるようになると、本当に厄介ですよ」

「全くです。僕は全く良いタイミングで当たりましたよ」


 峰木が笑いながら言う。



 その直後、武州総合は清井のゴールキックだ。


 ブーイングの中、高踏のプレスを掻い潜りボールを回す、中盤の楠原がボールを受けにきた。そこに稲城が向かっていく。


 かわすか、横に流すか。


 楠原はどちらもしなかった。自分側に一歩ボールを引き寄せて、すぐに素早い振りでパスを出した。


「おっ!?」


 まず吉岡が声をあげた。続いてスタンドからもどよめきの声があがる。


「チャンスだ!」


 DFラインの裏を取った古郡がパスを受ける。


 本来ならこういうボールには前に出て来る鹿海が珍しく留まってしまった。


 1対1の対決、鹿海もGKとしては俊足だが、古郡の快足にはかなわない。簡単にかわされてそのまま無人のゴールに流し込まれる。


 開始3分、武州総合が先制点。



 ベンチにいた陽人が頭を掻いた。やられた、と思ったのだろう。


 スタンドの2人は意外、という印象を抱いた。


「いや、予想外に今のキック、伸びましたね」


 楠原のキックが裏を狙ったボールとは思えなかった。かなり自分に近い位置に引き寄せてのコンパクトなキックだったが、予想外に伸びたので鹿海が反応できなかったのだろう。


「鹿海君、今は珍しく動きませんでしたが、トリッキーな動きに予想外のキックで騙されてしまったんですかね?」

「そうかもしれませんね」


 峰木は吉岡の疑問に対して、確信はない。


 何となく読めたのは次のプレーの時だ。


 最終ラインの紺谷がボールを確保した。またも響くブーイングの中、微修正をかけながらボールを蹴り出す。


 これも古郡を狙ったキックだったが、今度は鹿海が前に出てカットした。ただ、カットはしたが首を傾げている。


「ひょっとして……」


 鹿海の仕草に、どちらともなく声を出した。


「今の紺谷君も、先程の楠原君もブーイングの音量が一番上がる瞬間に前に出した?」



 ブーイングは一定音量というわけではなく、誰かが途中で口笛のようなものも入れていてより雑音が不快な瞬間がある。


 そのタイミングでキックすることで、後方にいる鹿海の距離間隔を狂わせているのではないか。


 正確なことは分からないが、こういう展開は鹿海をはじめ中々慣れていないだろう。その環境がやりづらいことは間違いないようだ。

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