8月4日 10:52 総体試合会場
「寒……?」
陽人が少し身震いし、周囲がけげんな顔をした。
「寒い? 33度くらいありそうなんだけど」
結菜の言葉は少し高めに見積もっているが、100人いれば90人が暑いといい、残りも涼しいとは言わないだろう。
「いや、何かちょっと悪寒が……」
「えぇ? もしかして霊感でも感じているの? 嫌だなぁ」
妹は全く気にする素振りもない。
「ひょっとしたら熱中症かもしれないし休んでいていいよ。後田さんと残り時間のベンチワークをやっておくから」
冗談ではないようで、ドリンクを近くに置くと、後田と交代策を話し始めた。
「ま、いぃか……」
偶には交代策を考えさせるのも良いだろう。
陽人は横に置いてあるスポーツドリンクを飲み、話を聞くことにした。
もちろん、戸狩の投入は間違いないが、2日後に試合があるので、なるべく疲労を分散させる必要がある。
「櫛木さん、神沢君、加藤君に光琴かなぁ」
とはいえ、交代5枠を一気に使い切るのは危険なので、まずは浅川以外の4人を投入することにした。
陽人は何も言わない。
自分でも、同じことをするだろうから、だ。
後半30分を過ぎた。
古賀が思わずため息を吐いた。
「ほぼ、ボールワークが変わりませんね」
1年2人を含めた4人が交代したのに、チームとしての形が全く乱れない。
一方の浜松学園も交代枠を使ったが、途中投入の選手が自分の力で打開しようとしている。
それで結果として、個の要素が目立つのは高踏の方だ。
変わって入った選手もチーム戦術を完璧に遂行する結果、その中での個性の差が垣間見えてくる。
勝負を決める3点目が入ったのもその中からだ。
鈴原に変わって交代で入った加藤がドリブルを仕掛ける。カットされたが、すぐに詰めた弦本が再奪取して前に出す。
ボールを取った、と思ったところから、すぐに再度の切り替え。
高踏は全員が反応した。浜松学園は1人ついてこられない者がいた。その背後にパスが出て、スペースを抜け出した稲城からの折り返しを戸狩が決めた。
「……」
古賀は腕組みをして大きく頷いた。納得しましたよ、という顔だ。
「さて、それではそろそろお暇しましょうっと……」
古賀の電話が鳴った。すぐに出て話をしている。
どうやら協会の別の人間からの電話のようだ。
話を進めるうちに顔つきが険しくなる。
「ふむ、ふむ。それは様子見しかないな。あまり酷いようなら協会と大会の名前で脅しをかけるべきだろう」
そう言って電話を切った。「全く」と呆れたような声を出す。
「何かありましたか?」
「ネットなどで、大会本部と武州総合への文句が溢れているようなんですよ。最近はどうでもいいことですぐに悪ふざけしてエスカレートする連中がいる。厄介なことです」
「大会を取り仕切るのも大変になりましたね……」
「そこまで大したことではありませんよ、もちろんああ言ったものを気にし出すとキリがない。精神をやられる者もいるかもしれませんが……」
古賀は苦笑して言った。
「幸いなことに私の場合は、日本が負けた場合はもちろん、勝ってもクズ会長辞めるべきという声で満ち溢れますからな。すっかり慣れてしまいました」
「ハハハ、私はできればそうなりたくはないですな」
峰木も苦笑いを浮かべた。
古賀はその後程なくして、会場を後にした。
その直後に交代で入った櫛木もゴールをあげ、4-0となった。
「昨年から本格的に始めた選手がこれだけ自信満々にプレーしているというのはねぇ」
もちろん、技術的には十分な選手とはいえないが、ポジションに入って、どうシュートを打てば良いかは完全に分かっているようで、シュートまでの動きに迷いがない。また、技術と裏腹にボールタッチは多彩で相手がそのギャップに迷うことも理解しているようだ。
ともあれ、4点差がついて完全に勝負ありである。
そこから試合は動くことなく、そのまま終了した。
「強い」
その一言に尽きる。
ただ強いというだけではない。
観戦に来た者達も、負けた浜松学園すらも「仕方ない」と結果を自然と受け入れている。何かが余程うまくいくとか、超人的なプレーが連発するとか、あるいは高踏が奇跡的にシュートを外しまくる。
そんなことでも起きない限り、まず負けることがないように思えた。
そういう点では、
「日程の公平さはさておくとして、次は面白い試合になりそうだな」
一日置いての高踏対武州総合。3試合目の高踏に対して、武州総合は初の試合。
コンディション的には相当に武州が有利だろう。これすら跳ね除けてしまえば、もはや高踏にまともに勝てるチームはない。
「ただ、そこまで行くと、残りの1年で成長が鈍るかもしれない……。我が校含めて、意地を見せてもらいたいところだが……」
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