8月4日 10:12 総体試合会場

 前半が終了して2-0となった。


 終了間際に颯田がエリアの角にあたる位置からキーパーを巻くようなシュートを決めた。


「颯田君は自信をもってシュートを打てているねぇ」

「そうですね。打てているというより、外し続けても尚、次が打てるのがたいしたものです」


 峰木の言葉に夏木が続く。


 実際、颯田は決めるまでに5本外していて、うち4本は完全に浮かしてしまっていた。これだけ当たらないと慎重になりがちだが、「次は決まる」と気にせず打っている。


「瑞江だけをマークしていれば何とかなる、というのはもうないですね」

「そうだね……と、時間はまだ大丈夫なのかい?」


 峰木は時計を見た。北日本短大付属は午後からの試合であるが、移動時間や練習のチェックもあるから試合終了まで付き合うわけにもいかないだろう。


 夏木も頷いて、「それでは失礼します」と頭を下げて去っていった。



 1人になった峰木は、改めて周囲を見た。夏木同様に前半だけでもチェックしたいという午後のチーム関係者も多いのだろう。にわかに移動が始まっている。


 スタンドの中央に、カメラで撮影している高踏ジャージーの一団が見えた。辻佳彰という撮影専門の生徒がいると夏木から聞いていたことを思い出す。


 近づいて挨拶に行く。


「こんにちは」

「こんにち……あっ、峰木監督?」


 何の気なく振り返った2人が峰木の姿にびっくりする。何人かが慌てて詰めて、峰木の座るスペースを作った。


「調子はどうかな?」


 左端にいるメモをもつ少年が首を傾げる。


「悪くはないですけど、やっぱり暑いせいかちょっと動きが鈍いですね」


 峰木はまたも「おっ」と声をあげた。


 恐らく一年生なのだろう、登録外となっている部員がAチームの試合……しかも前半2-0でリードしている試合を評して「動きが鈍い」というのは中々のものだ。


「そうかね、鈍いかね?」

「もちろん、ボールが近づいたら動いていますけれど、それ以外だと95パーセントくらいに抑えているような印象がありますね。もっとも、相手も同じですから結果的に変わりないですけれど」


 もっと速いはずなんですよね、とその生徒は首を傾げている。



「君のポジションはどこなんだい?」


 ノートに色々メモをとっていて、かなり分析熱心なようだ。峰木は瞬間、この生徒に興味をもってポジションを尋ねた。


「一応中盤から前線ですね。全く試合に出てないですけれど」

「やはりレベルが高い?」

「……のもありますけど、背が急に伸びてハードな運動をするなって言われているんですよ」

「ほう?」


 背丈は170程度に見える。標準的な背丈に見えるが、もちろん、このくらいの年代ならそれまで小柄だったのに、いきなり伸びるというケースがあることも峰木はよく知っている。


「だからまあ、当面は体幹鍛えて、外から研究しかないです」

「背丈が急に変わるとパワーバランスも変わって、感覚も変わるからね。気を付けた方がいいよ」

「はい。ですので、触れる範囲ではボールに触って、感覚の微修正なんかはしています」

「それがいいね。まだ伸びているのかい?」

「……医師からは185くらいまで伸びるかもしれないと言われています」


 これにはさすがに驚いた。


「それは凄いね。日本では大型の部類になるよ」



 もう少し詳しく聞くと、1年前は140センチ代だったという。もちろん、一気に伸びる子供もいるとはいえ、短期間で40センチ近く伸びるとなると相当なものだ。


「……それだけ背丈が伸びてから改めてトレーニングするわけだ。大変だね」

「はい。ですので、今のうちに戦術とか各ポジションのやるべきことくらいは頭に入れて、少しでもやるべきことを減らしたいと思っています」

「いい心がけだ。どこのポジションを狙うんだい?」

「どのポジションと言いますか、Aチームで狙えるポジションが中盤の前かCBしかないですからね」



 聖恵貴臣は高踏Aチームをこう分析している。


 まず、瑞江達樹、立神翔馬、陸平怜喜のポジションは聖域に近い。余程のことがない限り、この3人のポジションは不動である。


 続いて、スタメンではないが、スーパーサブの戸狩真治の立場も不動といって良い。


 この4人のポジションを狙うのは無謀である。


 それに準ずる存在として、園口耀太、稲城希仁、颯田五樹、鹿海優貴がいる。園口は走力が標準という以外は高いバランスで優れているし、稲城は技術が標準だがそれ以外はトップ3人にも負けない。颯田は攻撃面でできることが多彩になっており、鹿海はキーパーとしての能力はともかく高踏の超ハイラインを敷くうえでは欠かせない。


 であるので、残りのポジションが狙い目となる。


 鈴原真人、芦ケ原隆義、林崎大地、武根駆は、もちろんAチームたるだけの能力はあるが、スーパーな存在ではない。ここは脅かせる余地がある。


「仮に医師の診断通り185くらいまで伸びるならCBもありかなと思っています。あるいは大型の中盤がいないのでその役割を行くか。身長がそこまで行かないのなら、中盤と前線のリンク役ですね。的確にパスを繋ぐというよりは動きながらのスタイルなので、芦ケ原さんの役割をより高いレベルでやるしかないですね。今日は龍一(弦本)が淡々とやっていますけれど、鈴原さんも似たタイプですし、ちょっと役割が似通っている感がありますね。昨日賢也(加藤)が出たので仕方ないですが」

「……」


 よく考えている。


 北日本短大付属にも優秀な1年、ベンチに入れない1年は大勢いるが、この聖恵のようにトップチームを見ながら、「自分が狙えるならここだ」とか「今日のチームにはこういう問題があって、今こうした状況だ」とまで考えている者はほとんどいないだろう。


「君も監督のように考えられているから、確かにセンターバックは向いているかもしれないね」


 こういう1年がベンチ外にいると、ベンチの選手達も考えるしかない。


 その競争意識が相乗効果を生み、日々進化しているのだろう。

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