8月4日 9:51 総体2回戦会場
朝9時と早い時間帯だが、冬の選手権で準決勝まで進んだ同士の対戦ということもあって、会場は比較的盛況している。
その観客達が、U17日本代表の新任監督・峰木の姿を見て、また盛り上がった。
隣には北日本短大付属監督・夏木の姿もある。午後の試合なので、前半だけは見ていくつもりのようだ。
「お~、さすがに高踏の試合は八割くらい入っていますね」
「そうだね。午後開始の試合をするチームも結構見に来ているが……」
峰木は「おや」という様子でスタンドを眺めている。
「武州総合の姿はないようだね」
明後日、この勝者と対戦するはずの武州総合の姿がない。
夏木も見回して、首を傾げた。
「本当ですね。試合がなくなったのですし、研究に来ると思ったのですが、テレビで観るんですかね?」
地上波ではやっていないが、CS放送では試合を見ることができる。
猛暑とまでは言えないが決して涼しい環境ではない。コンディショニングを考えれば、無理に会場まで来ないという考えも十分にありうるだろう。
スターティングメンバーが発表された後、両チームとも練習を終えてスタンドの裏へと戻っていった。試合開始直前の緊張感の高まる時間である。
「浜松学園もポゼッションチームだから同じ戦いをするならば、中盤での奪い合いが鍵となる。何も工夫をしなければ高踏が有利だと思うから、そこで浜松学園が何をしてくるか。あるいは、主導権を放棄してカウンターを狙うことになるのか」
「ただ、高踏の県予選深戸戦を見ていると、主導権放棄は賢い考えには見えませんけどね」
半年前の選手権では、北日本短大付属高校は主導権を放棄して高踏に勝利した。
しかし、そこから比べても高踏の戦い方は遥かに進化している。今、同じやり方で戦ったとしても高踏にはその目論見を潰すための武器が多く揃っている。
午前9時半、キックオフ。
浜松学園は打って出た。
とはいえ、単純に打って出ているという様子ではない。
「弦本を狙っているみたいだね」
この試合の高踏はほぼ2年だが、中盤の弦本龍一のみは1年生である。1人だけ1年であることからここでボールを取れると判断したのだろう。思い切ってボールを取りに出ている。
しかし、開始3分もするとあまり適切な作戦ではないようだという空気になってきた。
「全く動じていないね」
弦本は大きな動きをするタイプの中盤ではない。中盤で細かく位置修正はしているが、ほぼ真ん中付近に位置取りしている。
その動きが少ないプレースタイルもあって、ターゲットとなったのだろうが、動じることなく簡単にパスをさばいている。局面を変えるようなパスはないが、球離れがとにかく早く、詰めようとした時にはもうボールが動いている。
「冷静だねぇ」
むしろ、高踏側はターゲットになっていると気づいて以降、弦本にボールを集め始めた。スイッチを入れられるので浜松学園はプレスに入るが、すぐにさばいてしまって無駄追いに終わる。それが分かっていて繰り返している。
「中々信頼を得ているようだ」
前半10分を過ぎて、浜松学園は弦本を狙う作戦が失敗したと理解したようで、プレスの威力を落として少し休憩に入る。
「仕方ないけど、こうなると高踏ペースになるね」
峰木が言った通り、浜松学園がペースを落としたことで高踏がボールを回す局面が一気に増えてきた。縦にパスを通した後、颯田が2本続けて浜松学園ゴールを狙うが、これは共に枠を外す。
「外れてはいても、エリア外の颯田もフリーにはできない。瑞江をなるべくマークしたいという状況で颯田がああいう動きをするのは苦しいだろうね」
「しかも、浜松学園は前線に2人残していますしね」
浜松学園は守備の時にも小坂と木下が高踏最終ラインを伺うような動きをしている。
これ自体は理解できる動きだ。全員が引いてしまうと、高踏のやりたい放題となる。だから、少しでも脅威を残しておいて、高踏が総攻撃には入らないようにしている。
とはいえ、そうなると瑞江と颯田を抑えきるのが難しくなってくるし、エリアに近い位置で他の選手がよりノーマークとなってしまう。
「それでもこの前の練習試合に比べると、高踏もゴール前で極端に体を張りに行くことはないね」
1週間前の練習試合では篠倉や司城がガンガン体をぶつけていたが、この試合はそこまではしない。過密日程もあるので、そこは抑えている部分もあるのだろう。
「逆に言うと、ここで浜松学園が日程を度外視して全力を出せればよいのだけれど」
高踏が抑え気味のところで浜松学園が一気にフルパワーでぶつかれば、局面を打開できるかもしれない。しかし、それができない。
浜松学園サイドも次の試合を考えているのだろう。また、前日の試合でフルタイム戦い、PK戦までもつれこんだことで、疲労はむしろ浜松学園の方が濃い部分もあるようだ。
「あ~、来たか」
20分、高踏が先制点を奪う。
瑞江が少し下がった位置でボールを受け、前に出すと園口がエリア内に入り込んでいた。ボールを受けて即座にシュート、キーパーが反応しきれず先制点となる。
「こういうところなんだよね」
峰木が感嘆の声をあげた。
無理していないように見えても、きちんとパスが出ていて、そこに無理なく走り込んでいる。
サイドバックの園口があがった分のスペースは自然に稲城がカバーできている。ポジションが色々動いているが、カバーが全く無駄なくできている。
「こうしたオートマティックな動きが全く自然に、とてもスムーズにできるというのは、やはり魅力的だよなぁ」
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