8月4日 8:04 総体会場

 翌朝、今原学園の辞退と、武州総合が1試合もしないまま3回戦進出するという情報が、参加校全部にもたらされた。


 高踏と浜松学園については、朝食時に大会主催者が経緯を説明して、「日程的に不利になるような決定をしたことについては申し訳ない」と謝罪も入る。


 もっとも、謝罪されてもどうしようもない。目の前で謝罪している相手が悪いというわけではないし、文句を言って何かが変わるわけでもない。


「……何を言っても仕方ないわけで、今日の2回戦に集中するしかないな」



 9時半の試合なので、朝食は最も早い時間帯に開始し、6時に終わらせる。


 後片付けをした後陽人と後田が試合に向けての話を始めた。


「浜松学園とは東海総体の時にも対戦したけれど、さすがにあの時のような試合はしないだろう」


 東海総体決勝の浜松学園は選手起用が限定されており、決勝では勝ちに行くというより失点を避けるという戦い方をしていた。


 端的に言うと冴えない印象であったが、後から浜松学園監督の城田が言うには何人かの選手が感染症にかかっていて、無理の利く選手が少なかったという事情もあったらしい。


「そういうことを口にするということは、今回は相当に気合が入っているということだろう」


 もっとも、だから具体的に何かするかというと、何もしていない。


 そもそも前日に試合をしていて対策のための練習もできるはずがない。もちろん、「相手はこういうことをしてくる」と伝えることもできるが、変に意識をさせるとかえって動きが委縮する可能性もある。


 元々主導権を取りに行くのが高踏のスタイルだ。相手のことを考える時間は、自分達の意識を高くする方に向けたい。


 だから、ミーティングの締めくくりも「いつものようにやっていこう」と細かい戦術論には入らずに終えた。



 選手達には細かいことは教えないが、もちろん、後田や結菜に関しては別である。


 高幡舞のスカウティングレポートを基に、展開によるシチュエーションや交代策などを考える。


「東海総体決勝では3戦連続でへばっていた印象だけど、8番の高田、10番の小坂、14番の木下が並ぶパスワークははまれば脅威だ。ここをきちんと寸断できるか、だな」


 浜松学園は中盤に技術力の高い選手が多い反面、前線がやや迫力不足のきらいもある。1回戦も相手の3倍のシュートを打ちつつ、結局無得点のままPK戦まで行くこととなった。


 相性的には、良いとも言える。


 パスを回すということはプレスの網にからめるチャンスも増えるし、かいくぐられても決定力が低い。


「決定力ばかりは何とも言えないけどねぇ。昨日は詰まっていても今日はケチャップドバドバってなるかもしれないし。鹿海さんは守るキーパーじゃないし」

「ま、確かに」


 前日はFWで出ていた鹿海は、今日はゴールキーパーである。


 昔はゴールキーパーの走行距離はフィールドプレイヤーの3分の1なんていうこともあったが、現代のキーパーはそうはいかない。特に高踏のゴールキーパーは高いラインまで出て積極的に動くので尚のこと運動量が要求される。


 とはいえ、フィールドプレイヤーと比べればやはり短い距離で済む。連日のフル出場はフィールドプレイヤーではとても無理だが、フィールドプレイヤーからキーパーなら何とか可能なレベルではある。


 登録人数が少ない状況においては、鹿海のようなGKと他のポジションができる選手というのは貴重な存在だ。



 その鹿海を含めて、今日の試合は比較的ベストのメンバーに近い。

 GK:鹿海

 DF:園口、武根、道明寺、立神

 MF:陸平、弦本、鈴原

 FW:稲城、瑞江、颯田


 この大会では回復力に難点があるという理由から、林崎と芦ケ原が登録メンバーから外れている。そのため、芦ケ原のポジションには弦本が、林崎のポジションには道明寺が入っている。


 1試合あたりのチーム力で言うと、平常時より下がることにはなるが、2回戦以降の疲労によるチーム力低下を考慮すると、このメンバーの方が良いという判断である。



 チーム力低下をなるべく避けるという点では、日程面以外にできれば涼しい気温の下でやりたいということもあるが……


「今日も暑そうだなぁ」


 ホテルを出るとむわっとした空気が広がっている。


 福島は東北ではあるが、夏の気温はかなり高い。特に中通りにある福島市と伊達市梁川。西の同じく盆地地帯にある会津若松市は全国最高を記録することも珍しくない。


 それと比べると総体会場のある東の海岸沿い・浜通り地方はかなり涼しい。


 ただし、それは午後になると海からの風が入ってきて上昇が妨げられるからだ。もっとも気温が高くなる2時や3時頃には海風で暑さが和らいで、最高気温という点では盆地地帯より涼しいように見える。


 過程に関してはそうともいえない。朝から午前に関してはフェーン気味の風が山の方から流れてくるので、むしろ盆地地帯よりも気温が高いことも多い。


 楢葉町の隣にある広野町のアメダスは午前8時で既に29.2度。北の浪江町では30度を超えている。


 涼しい環境での試合は期待できそうにない。

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