7月16日 17:46 武州総合高校・部室

 埼玉県熊谷市。


 武州総合高校の部室で、部員一同がU17日本代表とイラン代表の試合を観戦していた。


 とは言っても、彼らの目的は日本代表の応援ではない。


 もちろん応援はするが、それ以上にインターハイ三回戦で当たるだろう高踏高校の三人衆の視察が主目的だった。


「これまでの試合は前哨戦。ここからが本番と言ってよいだろう。つまり、高幡も高踏三人衆もこれまで以上の力を出すしかないということだ」


 そう語るのは監督の仁紫権太にし ごんただ。今年54歳。何故か地元チームの野球帽をかぶっている、大柄で細身の男だ。



 武州総合は、来るインターハイで一回戦をシードされている。二回戦の相手は福岡の今原学園と山形の本大山形の勝者であるが、どちらも強敵ではない。日程にも恵まれていることから、ここはパスできるだろうというのが大方の予想である。


 その次が高踏だ。


 仁紫は複雑なサッカーをするタイプではない。その指導は人間教育に主眼を置いており、個人の能力を伸ばして最低限の戦術しか与えないタイプだ。


 高踏と深戸学院の試合映像を見た。


「これはたまげたな……。高踏はテレビゲームのサッカーをやっているのか?」



 まともに戦ったのでは相手にならない。それは前年度の選手権でも明らかになっていたが、そこから更に力をつけている。


 選手権では徹底的に守備スペースを潰す北日本短大付属が勝利したが、それにしてもシュートを雨あられと打たれての薄氷の勝利である。


 深戸学院戦を見た限り、そこから更に進化している。主導権を握った時にやってくる方法が三つも四つもあり、全てに対応するのはかなり難しそうだ。


 しかし、やはり結局は決め手となる存在だ。


 つまり、瑞江、立神、陸平である。


 この3人をどうにか止めないことにはならない。


 その点では、この代表に3人が出ていて、しかも重宝されていることは武州総合を含め、対高踏の研究をしたい他校には有難いはずだ。



 日本のスタメンはグループリーグの初戦、2戦目と同じだ。

 GK:垣野内

 DF:佃、高遠、原野、立神

 MF:星名、陸平、高幡

 FW:瑞江、緒方、石添



 しかし、試合が始まると、すぐに何人かが「今までと違う」と声をあげた。


 5分もしないうちに武州総合の頭脳とも言うべき楠原琉輝が解説を始めた。


「日本はこれまで4-3-3でしたし、この試合もその発表ですが、実際には3トップを2列目に置き、星名を1トップに置いた4-5-1のような布陣ですね」


 これまでも星名は高い位置でプレーしていたが、スタートは中盤だった。


 この試合では完全にトップの位置にいる。


「イランが強いので、引き気味に行き、星名の個人技での打開に期待というところでしょうか」



 20分が経過した。


 3:7くらいでイランのペースであるが、ピンチらしいピンチはない。


「日本相手だとロングボールを多用するチームが多いですし、このイランもそうですが、2列目で(高幡)昇と陸平がうまく拾っていますね」


 しかも、特に陸平は体格では劣るように見えながらもほとんど取られない。偶に取られた時はイランのファウルが吹かれ、優勢なはずのイランが苛々しはじめている。


「……やはりすごいな」


 武州総合のメンバーは複雑な顔をしている。


 日本にとっては有難い存在だが、そう遠くない未来に対戦する相手としては、脅威だ。



 30分が過ぎても守備は安定している。イランのCFミーシャプールは屈強だが、幸いフィードが正確性を欠くので日本のDFが対応できる。こぼれ球は確実に陸平と高幡が拾っていた。


 やや攻撃寄りな高幡が左サイドに展開した。ここに開いた瑞江がダイレクトにパスを出す。


「星名だ!」


 星名がほんの少しだが相手より前に出た。そこにあげられたクロス気味のスルーパスかと思ったが、星名の3メートルほど前を抜けていく。


 チャンスだけに星名も「うわー!」と天を仰いだが。


「大外!」


 星名も気づかない、GKもDFも気づかないうちに大外から走り込んでいた立神がダイレクトで折り返す。そのクロスを星名が「待ってました!」とばかりに右足で合わせようとするが、それより早く戻っていたDFの足に当たった。


 そのままゴールイン。



 武州総合の表情は暗い。


「絵にかいたようなカウンターだったな」

「瑞江は最前線にいるとフィニッシャーとして脅威ですが、下がっていたり開いたりしたところからもパスが脅威ですね」

「高踏でも左サイドでプレーを増やしてくるかな」

「中央次第でしょうね。戸狩がいればありうるでしょうが、他はどうでしょう。篠倉は決めるタイプでないですし、右サイドの颯田も合わせて決めるタイプではない。トータルで考えれば、もちろん瑞江はあの位置でも厄介ではありますが、前にいさせるよりはあの位置でプレーしてもらいたいですね」


 楠原はメモをとりつづける。



 前半は1-0で終わった。


 仁紫が「ふうむ」と溜息をついた。


「この試合は良さそうだ。しかし、これだけ体を張っている陸平君と昇が果たして次の試合もここまで動けるかどうか……」


 中盤はほぼ陸平と高幡が支えているが、これだけタフなイランと90分やりあって、更に準決勝と決勝が残っている。本大会出場決定だけならともかく、上を目指すならあまりにも起用が偏っているように見える。


「負担を軽減させないと、次がきつい。しかし、この試合も決まったわけではない。どうマネジメントしていくのだろうか……」

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