7月14日 12:42 広州市内・ホテル
翌日。
2日後のイラン戦に向けて、U17は朝から軽めの調整を行っていた。
試合に出ていた選手は途中出場組も含めて、ジョギングのみである。
「結局、何事もなかったかのような感じだな」
瑞江が監督とコーチの方に視線を向ける。
朝食時の不愉快そうな顔といったら、なかった。
だから、午前のミーティングで文句の一つや二つ受けるのかと思ったが、「昨日はよくやった」とまるで一昨日の話などなかったかのような様子だった。
ここで選手と喧嘩しても、良いことはないと判断したようだが。
「それなら余計なことを言わなければよいのにな……」
と、逆に選手の側から愚痴を言いたくなる。
「そうそう。いつのまにかなかったことになっているけれど、ウチでは考えられないことだなぁ」
ランチ時、高幡昇もぼやいている。
昨日の試合、高幡は大活躍したが、監督の指示に違反したわけではない。「負けるにしても、さすがに0-3で負けるわけにはいかない」という状況で出て2得点に関与したが、同点ゴール自体は陸平と星名の間のものだ。
その後、決勝アシストをあげたがこの時には関谷も勝利にシフトしていたので、これも違反ではない。
もっとも、本人は「別に4アシストでも構わんかった」と言う。それでいて大層な理由があるわけでもない。「実際違反したら、どうなるのか見てみたかったから」らしい。
「ウチだったら、監督の指示に公然と刃向かったりしたら、ワンストライク間違いなしだよ。是非は別として」
「何だ、そのワンストライクって? 野球か?」
瑞江の問いかけに、高幡は「そう」と頷いた。
「規律違反をした場合、ストライクが増えて、三つになると三振でワンナウト。近くの寺で3時間正座させられて、動いたりしたら木の棒でバシーンと叩かれる」
「えっ、それ大丈夫なのか?」
何かある度に体罰と言われるご時世で、正座の強要や木の棒での殴打はかなり問題行動のように見える。
「まあ、近くの寺でやるし、監督やコーチも違反したら同じだからな。で、三振を三回すると、つまりスリーアウトになると退部だ。もちろん、犯罪なんかしたら一発でアウト一つなんてこともあるけどね」
「ほ~」
「ウチの監督は自称昭和気質だが、きちんとルールにしているし、コーチや監督も違反したら正座するから、文句が出たことはないな」
なるほど、と瑞江も陸平も頷いた。
不可解な理由で手をあげたりするからパワハラだの体罰という話になる。
きちんとした違反事由を定めて、本人達にも理解させ、それでも違反した場合に別の機関である寺を通じて処罰をするのなら、大事にはしづらいだろう。むしろ、本人達の器の小ささが明らかになるだけだ。
「しかも、考えようによっては8回まではやらかしても良いわけか……」
「そうそう、監督も良く言うんだよ。『退部に至るまでを違反を繰り返す生徒はどうしようもないが、さりとて3年間全く違反しない生徒もサッカー選手には向いていない』って」
「それって、監督が多少の違反推奨をしているわけか?」
「例えばだな」
公式戦を前にした体調不良は違反だという。
調子を偽って出場して、その結果負けたりしたならチームにとってマイナスになるからだ。
「ただ、レギュラー当落選上の選手が出られるって時に、ケガをした。いつものプレーができるかどうか分からないが、試合に出られないわけでもない。こういう時に馬鹿正直に『明日の試合はライバルを使ってください』と言うのも情けない。違反しろとは言わないが、違反した方が良い場合もある」
「いわゆるプロフェッショナルファウルみたいなものかね」
抜かれそうになれば失点になる時、警告を(場合によっては退場も)覚悟で止めることというのはある。
明確な状況ではともかく、実際にそうした判断をするというのは難しいものだ。
日常的にそうした状況に置かれている武州総合の方針は面白いのかもしれない。
「ま~、しかし」
高幡がおどける。
「こんなに高踏が強くなるって分かっていたら、俺ももう少し勉強したんだけどな~。中学二年までは成績もまあまあ良かったんだけど」
「三年はさぼったのか?」
瑞江が苦笑しながら聞いた。二年までは良かったということは三年で悪くなったということだ。
「武州総合に行くことが決まってからはさぼったな~」
「そっちも強いみたいだし、いいんじゃないか?」
「俺自身は、ね。でも、学費は高いし」
元々地元出身で、妹が高踏高校にいる高幡舞だということは聞いている。
遠方に行くとなると寮生活になるだろうし、私学だから、確かに学費はかかる。本人は学力が下がったと言っているから学費というよりはサッカー費なのかもしれないが。
「とりあえず選択を間違えたー、とならないようにもっと頑張らんといかんな」
そう言って、ニヤッと笑う。
「手っ取り早いのは、インターハイの三回戦で高踏に勝つってのが一番だ」
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