7月13日 17:59 広州・スタジアム

「何をやっているんだ!?」


 茫然しているのはオマーン陣営だけではない。


 日本のベンチも混乱していた。2位通過のために負けるはずの試合と考えていたはずが、いつの間にか追いついてしまった。


 しかも、星名が観客席を煽る。



 中国人観客が大騒ぎで「日本!」、「日本!」と大音量の声を出す。


「日本は勝つ気がないじゃないか」、「八百長している」と怒っていたところ、急に盛り返してきて同点になったのだから、大喜びだ。「疑って悪かったな」とばかり大声があがる。


 第三国同士の試合なので、それほど多く観客がいるわけではないが、試合が一気に盛り上がってきたので全員大喜びだ。人数以上の大音量、圧力がかかってくる。



 この展開の急変にオマーンはすっかり萎縮してしまった。慌てて投入するのはDFが2人。


「何とか残り時間を逃げ切ろう。引き分けるしかない」という姿勢が顕著だ。


「くそっ!」


 関谷が叫んで、FWの小谷に準備をさせる。SC東京に所属している小柄なウインガーだ。


 オマーンが勝利を捨てたのは明らかだ。相手の得点を望むことは無理なようだ。


 このままではどの道1位通過だ。それなら、引き分けよりも勝った方が良い。



 ロスタイムは3分。


 引き分けで良い、という方針が確定したオマーンは必死に守り、そうなると全体の意思統一がしっかりしていない日本は攻めきれない。


 引き分けか。


 そんな雰囲気が漂った1分半過ぎに、オマーンのベンチから「よし!」と声をあげた。


 他会場のシンガポールとヴェトナムが1-1のまま終了したという知らせが届いた。つまり、オマーンは負けても2位通過となる。



 オマーンのディフェンダー1人がふっとベンチの方に視線を向けた。


 その瞬間を見逃さなかったものが2人。


 瑞江が後ろに入り込み、高幡がそこにパスを通した。


 フリーで受けた瑞江が左足を振り抜き、強烈に打ち込んだシュートが天井のネットに突き刺さった。



『日本、4点目! 後半47分、瑞江達樹のゴールで遂に逆転!』

『うおー! これは凄い!』



 オマーンはうなだれ、苦笑していた。完全に諦めた表情だ。


 2位通過は決まった。別に1位で通過する必要はないし、むしろ2位通過の方が先に行ける可能性がある。


 試合が終了した。



 インタビューが始まった。まずは監督の関谷からだ。


『見事3連勝でグループリーグ突破を決めました。おめでとうございます!』

『ありがとうございます……』

『この試合、大きくメンバーを変えましたが前半は3失点と非常に苦しい入りとなりました』

『……オマーンが予想以上に積極的だったこともありますが、我々の意識が少し先に向いてしまっていましたね』

『先と言いますと、決勝トーナメントということですか?』

『はい』



 陸平はインタビューしている横を通り過ぎた。少し歩いていると瑞江が合流してくる。


「あれ、決勝ゴールなのにインタビューはないの?」


 陸平が尋ねる。


「王様と高幡が呼ばれていたから、俺はいいみたい」

「なるほど……」


 高幡は3アシスト。


 彼が投入されてから試合がひっくり返ったという点で、MOMといっていいだろう。


 星名と瑞江は2ゴールずつだが、ここはやはり元々の知名度の差があるから、同じ結果なら星名が優先されるのは仕方がない。


「しかしねぇ、前半はあれだけ滅茶苦茶だったのに、よく後半これだけ一丸になれたものだよ。王様の凄さかねぇ」

「王様もそうだが、試合展開も味方したのかもな……」


 仮に0-1くらいであれば、監督の指示を受けて「負けていいだろう」と思う面々は大きく動かなかった可能性が高い。


 しかし、3点差という大差で負けていたため、「点を取らないと恰好がつかない」と全員が思った。だから全員が攻撃的になった。一旦、アドレナリンが出て来ると「2点取った。3点目は控えよう」という意識にはならない。一気にボルテージが上がっていった。



「ま、今日はこれでいいけど、明日からだよね。監督が王様をコントロールできないことが明らかになったけど、どうなるんだろうね?」


 陸平の言葉に、瑞江が肩をすくめた。


「それを言ったら、俺達だって造反分子ってことになるだろうし、全員追放かもしれん」

「あらまぁ、そうなったら何て言おうか? 監督より王様の方が偉いと思った、と答えようかな」

「でも、陽人ならやるかもしれないが、あの監督はできんだろ。今まで王様と愉快な仲間達で戦ってきたんだし、イラン相手にいきなり変える度胸はないと思うな」

「……仕方ないからそのままのチームで戦う。で、負けたら今後二度と呼ばれない、って感じかもね」

「おそらく、それだ」


 それならそれで勉強できるし良いかもな、瑞江はそう呟いて軽く伸びをした。

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