7月13日 17:42 広州・スタジアム

 U17アジアカップ・グループリーグ第3戦。


 日本対オマーンの試合は前半を終わって、オマーンが3-0とリードしている。



「いくら控え組とはいえ、ちょっと酷すぎるわねぇ」


 放映を見ている高踏のメンバーも一様に渋い表情だ。


 陽人も同じである。見るという決断をしたことを後悔するくらいに無残な試合である。


 日本はボールもキープできないし、走り負けているし、強さもない。


「でも、まあ、日本は負けても突破できるわけだし、中途半端なモチベーションなのは仕方ないのかもだけど」


 この試合までの勝ち点は日本が6、オマーンが4、シンガポールが1、ヴェトナムが0。


 オマーンは負けるとシンガポールに並ばれる危険性があるので、勝ちをしっかりと決めておきたいので積極的だ。恐れを知らぬ精神でかかってくる。


 目標がないうえ、主力組でもない日本がそれをまともに受けてしまった結果、ここまで点差が広がった。


 さすがにチーム内の状況までは分かっていないので、そういう解釈となっている。


「でも、現地の人達はそう思っていないみたいだよねぇ」


 広州のスタジアムにはそれほど多くの観客はいないが、中国人観客は日本に対して大ブーイングだ。両国同士の仲が良くないから、というのではなく「おまえ達は負けてもいいと思っているんだろ!」、「八百長しているのではないか!?」というようなブーイングだ。



「後半はどうする?」


 陽人が問いかける。


 この試合なら見ていても仕方なさそうだし、練習でもした方が良いのではないか。


「でもまあ、誰か出るかもしれないし」


 前半、高踏の3人組は出ていない。


 ただ、追いかける展開である以上、後半誰かが出て来るかもしれない。


 一度、休みと決めたのである。今更、練習したくないという空気もある。


 陽人は折れた。


「……分かった。継続しようか」



 後半はオマーンもペースを緩めてきた。他会場ではシンガポールとヴェトナムが試合をしているが、こちらは0-0である。つまり、オマーンもこれ以上無理をしなくても良さそうだ。


 D組の方では、イランが3-1でリードしている。マレーシアも2-0で勝っているから、このままだとイランが2位通過だ。


「イランは強いらしいから、2位の方がいいのかもね」


 そうこう言っているうちに後半15分が近づいてきた。


「あ、瑞江さんが出て来た」


 星名と瑞江が、前線に入る。


『日本、まだまだ諦めていないということですね!』


『そうですねぇ。できれば後半開始の時点で交代してほしかったですけれど』


 解説の言葉が、観戦している全員の感想だ。



 2人が入っても大きくは変わらない。


 時間だけが過ぎ、30分近くになった。


「あ、兄貴だ」


 高幡舞が言うように3人目の交代として入ったのは高幡昇だ。


「ここに来て過去2戦の主力を入れてきたね」

「2位でも良いとはいえ、さすがに3-0で負けましただとちょっと情けないし、やむをえないんじゃないか?」



 そうした交代策がようやく実を結ぶ。


 31分、入ったばかりの高幡がボールを奪ってスルーパスを出すと、星名が入り込んで決めた。


『日本、1点を返しました!』


 オマーンは「日本には勝つ気がない」と気が緩んでいたのか、あるいは研究不足なのか、高幡に対するケアが全くできていないが。ボールをもつとことごとくがチャンスになっていく。自らの惜しいシュートを挟んで37分に再び試合を動かした。


『高幡からのクロス! 合わせたのは瑞江だ! 3-2! 日本、1点差まで詰め寄りました!』



 ベンチが映る。


「あんまうれしくなさそうね?」

「気のせいじゃないか?」


 結菜の言葉を否定しつつも、陽人も違和感を覚えた。喜んではいるのだが、「このまま逆転だ!」というような強い姿勢を感じない。「1点差まで来たね。まあまあ良かったね」という投げやりな雰囲気に感じられる。


 更に不可解なことが起こる。


「あれ、ここで陸平さんを出すの?」


 追いかける展開で、守備面に特徴のある陸平を投入する。結菜だけでなく他のメンバーも「ここはウチのメンバーなら立神さんでは?」と疑問の声をあげた。



「ま、確かに消極的な采配にも見えるけど、怜喜を入れれば周囲の攻撃姿勢を強めるということができる。1人で守ることができるわけだし」


 押せ押せムードとなった時に冷静に試合を観察できるのが陸平の強みだ。


 彼が入ることで、周囲の選手が10から20パーセント、攻撃の比重を強めることができる。そうなれば、チーム全体では大きな攻撃的な効果をもたらすはずだ。



 そう分析していたが、違う形で結果が現れた。


『高幡がボールを取って、すぐに陸平に回します。その陸平から縦に出た! 星名が走る! 競り勝ってシュート! 決まったぁぁ! 日本、追いついた! 後半40分、日本がついに同点に追いつきました!』

「あらま……」


 陸平がスルーパスという滅多に見ない展開から、星名が同点弾をあげた。


 茫然とするオマーン陣営を他所に、星名が観客席に「もっと騒げ!」と両腕を上にあげる。


「いや~、色々問題児かもしれんけど、正しく使えば頼れる千両役者だなぁ」


 相手に星名がいるのなら、割と簡単につぶせるイメージがある。


 仮に味方にいるなら外すのか。


 20分前までは「外すべきだろう」と思っていたが、使い方を考えて使った方が良いのかもしれないという気にもなってきた。

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