7月12日 21:14 広州市内

 U17日本代表は中国・広州郊外のホテルに宿泊していた。


 この夜、緊急ミーティングを行うという。



「やっぱり」


 陸平は、同部屋の高幡とそう言葉をかわした。


 日本はここまでの二試合を順調に来ている。


 初戦のヴェトナムに7-0と快勝、二戦目のシンガポールにも5-0と勝利。最終戦のオマーン戦を残すのみである。既にグループリーグの勝ち抜けは決定で順位をつけるだけだが、得失点差で差をつけているので引き分けでも首位通過ができる。


 問題は、別グループにあった。


 日本の隣・D組は大本命がイランと見られていた。グループだけではない、大会でも本命と見られている。


 ドイツやオランダでプレーしている選手が複数名いるうえに、何人か年齢詐称をしているのではないかと思えるほど全員がっしりとした体格だ。


 親善試合とはいえ、ブラジルとクロアチアに勝利して勢いに乗っていたはずが、中国に乗り込んできてからはさっぱりで初戦マレーシアにまさかの敗戦、二戦目でキルギスと対戦したが6度ポストに嫌われての引き分け。最終戦でライバルのシリアに勝っても他力2位がやっとだ。


 連勝のマレーシアがすでに首位通過を確定させている。



 日本は1位で通過すればトーナメントの初戦はD組2位との対戦になる。まだ対戦相手は未定でイランの可能性もある。一方、2位で通過すればマレーシアと対戦することになる。



 勢いに乗っているとはいえ、マレーシア相手なら有利なのは間違いない。


 一方、イランが最終戦で目覚めて、対戦することになってしまえば日本にとっては非常に苦しい。


 準決勝まで進むことを考えれば、このグループを2位で通過した方が良いのではないか。


 誰でも思いつく考えだ。



 会議室で監督の関谷がおもむろに告げる。


「明日の試合はスタメンを全員変える」


 そこまでは誰もが予想している。


 3戦目は極論すれば負けても大丈夫だ。ここまで連続で出ている主力を疲弊させる必要はない。全員休養をとって、決勝トーナメントに臨む。


 全員が関心をもつのは次の言葉だ。関谷の言葉を待つ。



「重要なのは目先の結果ではない。我々は2位で通過しよう」



 ミーティングの後、陸平は瑞江と立神とともにフロントのロビーでコーヒーを飲んでいた。


「どう思う?」


 瑞江が尋ねてくる。


「ドロー狙いならともかく、負けるのはねぇ……」


 こうしたケースは世界中いくらでもある。


 日本でも女子代表のロンドン・オリンピックで南アフリカにドローだった試合、男子代表がロシア・ワールドカップでポーランドに負けた試合など、より良い結果を狙いに行かなかった時間帯がある。


 ただし、それらは試合展開による短時間である。一試合まるまる「いい結果を狙わない」ということはそうそうあるわけではない。


「ウチならどうするかね? こういう時」


 瑞江の言うウチというのはもちろん高踏高校のことである。


「陽人はもちろん勝ちに行くんじゃないかな。でも、将来的に代表監督になったらどうなるか分からないけどね」

「まあ、そうだよなぁ。おっ、国王様が戻ってきたぞ」


 瑞江が冗談ぽく言った相手は、星名を指してのことだ。


 自由時間になると、インヌタグラムなどにアップする動画などをとるべく、街の方に出て行く。そこでスタッフと合流して色々撮影しているらしい。今、ちょうど戻ってきたようだ。


 インヌタグラムについては高踏の面々も「入れてもいいぞ」と言われているが、そもそも3人ともそうしたものをやっていないから入りようがない。「残念な奴らだ」と言われたが、そうでなくても練習や勉強で忙しい。今は仕方ないが、日本に戻ってまで星名の相手をしたくはない。



 その星名が3人に気づいて、寄ってきた。


「高踏組、明日の試合、出番があったら俺にパスを回してくれよ」

「……どういうこと?」


 3人はけげんな顔をして、お互いの顔を見合わす。


「イングランドではこう言う。『フットボールは魂だ』とか『フットボールは人生以上のものだ』と。魂や人生に嘘ついて、そこに何の価値があるというんだ? 明日だって当然、勝ちに行く」


 3人とも更に面食らった。


「でも、監督は負けろと言っていたし、そもそも出番があるのかな?」

「俺は基本的に30分出場できる約束で来ている。それに、形ばかりでも追いかけるふりはするに決まっている」

「……なるほど」


 確かに内心はともかく、オマーンに負けていて何も手を講じないのはまずい。


 同点を目指して戦っていますという交代策は講じる。となると、ここまで5点取っている星名と4点取っている瑞江を投入するだろう。



 星名は「頼むぞ」と言って部屋に戻っていった。


「……あいつ、本気なのかな?」

「分からん」


 瑞江の疑問に立神が首を傾げる。


 陸平もお手上げだと、両手をあげる。


「監督もミーティング一回で曖昧に言って終わりだし、星名もパパッと言って終わり。もうちょっと確認作業をきちんとしてほしいよねぇ。明日の試合、全員バラバラになりかねないよ」



 コーヒーを飲み終わり、部屋に戻ると高幡がけげんな顔で話しかけてきた。


「陸平、星名と話をしたか?」

「あぁ。さっき、ロビーでコーヒー飲んでいたところでちょっとだけね」

「あいつ、パス寄越せって言っていたんだけど、どうする?」


 その言葉で、どうやら高幡達にも同じ話をしていたらしいと分かる。


 ということは、星名は監督に歯向かってでも勝つつもりなのだろう。


「……そもそも出番があるか分からないけど、出せるのなら出すかな。決めるのは星名だし」

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