7月12日 18:56 部室

 聖恵と稲城が調整をしている頃、練習場では引き続きスライド式のフォーメーション練習をしていた。


 この練習に関しては、陸平が不在ということもあってか1年生の方が飲み込みが早い。


 どのポジションにいても問題なく動ける戎に、どのポジションにいてもやることが変わらず動きがスムーズな加藤、この2人を対角線上に置くことでどのポジションになっても全体の動き出しが早くなるからだ。


 とはいえ、全体としてはまだまだ混沌が広がっている。トータル3-3というスコアで練習が終了したが、崩したというよりは崩れた感のある得点ばかりだ。



 部室に戻って着替えた後にミーティングを行う。


「さて、明日だが……」


 と、陽人が言ったところで我妻が手をあげた。


「明日は16時から日本代表の試合があります!」

「グループリーグ第3戦だろ? ただ、連勝で勝ち抜けが決まっているからなぁ」


 日本は2戦目のシンガポールにも5-0で勝利して、連勝。勝ち点6で既にグループリーグの勝ち抜けが決まっている。


 明日の16時から開催されるオマーン戦はグループリーグの中ではライバル格だが、一方で消化試合でもある。瑞江、立神、陸平の3人はここまでの2試合ともに出ており、ひょっとすると休養で試合に出てこないかもしれない。


 たまには息抜きに練習をせずに試合観戦のみ、という気持ちも分からなくはないが、あまり有意義とも思えない。


「そういえば、トーナメントはどうなるんだっけ?」


 U17の大会ともなると、そんなに情報があるわけではない。もちろん、ネットで専用サイトを探せば色々出て来るのだろうが、そこまではしていない。


 高幡舞が手をあげた。


「日本はこのまま1位通過ならば、グループDの2位と対戦します。グループDはマレーシアが予想外の快進撃でイランとシリアに勝利して1位通過を決定、2位をイランとシリア、キルギスが争っています」

「へえ、マレーシアか」


 東南アジアはあまり強いという印象がないので、意外である。


「イランU17は、親善試合とはいえ同年代のブラジルやフランスにも勝利しており、非常に強いチームです。トーナメント初戦がイランであれば事実上の決勝戦とも言えるでしょう」

「えぇ、そうなの!?」


 陽人だけでなく、全員が驚いた。



「11月のワールドカップに進めるのはベスト4進出チームだけなんだよね?」

「そういうレギュレーションになっています。ですので、あるいはオマーンに負けて2位になった方が賢いのかもしれません」

「またややこしいことに」


 とはいえ、イランはアジアの中では強いというイメージがある。


 一方のマレーシアに日本代表が苦戦したという記憶はない。


 負ければ終わりのトーナメントで、強い相手と戦うのは危険ではある。



「その次は?」

「1位だった場合には、四強の相手はおそらく韓国と中国の勝者となるでしょう。2位だった場合にはおそらくカタールかサウジアラビアです」

「これはどっちも嫌な感じだね」


 中国は開催国、韓国は競技以外のことを持ち出して騒々しくなるケースがある。


 カタールとサウジアラビアも中東の難敵というイメージだ。


 つまり四強に関してはあまり変わりがないようだ。



「そうなると、見ても仕方なさそうだし、結果だけ確認すれば良いんじゃないか」


 陽人が笑いながら言うと、一斉にブーイングが起こる。


「……分かったよ。明日はトレーニング室で軽めの調整をしつつ、代表の試合を観戦しよう」



 予定が決まったところで、後田が話しかけてきた。


「こういう駆け引きは、高校サッカーではありえないよな」

「確かにな」

「……おまえだったらどうする?」

「……? 俺が日本の監督だったら、ということか?」

「そうだよ。陽人ならどうする?」

「うーん、まあ、とりあえず選手全員に聞いてみるかな。それで圧倒的多数が『イランはいらん。負けて別の相手とやりたい』というのならそういう結果を見据えるかなぁ。ただ、特にそういうことがないなら、どうするかなぁ」

「おまえも相当に寒いシャレだぞ?」


 後田のつっこみを無視して、陽人はしばらく考える。


 陽人自身は、勝たなくても怒るということはない。実際、リーグ戦での珊内実業戦のように色々試して負けた。


「まあ、負けてもいいから思い切ったことを試すことはあると思う。だけど、俺に選択権があるのなら『わざと負ける』ということはしないよ。だって、チームにわざと負けさせるのは、チームそのものを信頼していないってことじゃん。でも、代表チームというのは代表監督が選んでいるわけだから、それを信頼していないというのは背理だろ」

「星名みたいなのもいるんだが?」

「まぁ、それはあるにしても、だ」


 そこははっきりと言い返せないようで、陽人は苦笑した。

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