7月16日 18:53 武州総合高校・部室

 後半が始まった。


 イランは前線に長身選手を1人増やして、放り込むターゲットを増やして打開策を練る。


 日本の迎え方は大きく変わらない。そして、きちんと対処できている。



 武州総合のメンバーも、試合を離れて自分達がリードを奪われた場合の状況に思いを馳せる。


「……大型FWめがけてのロングボールというのは一つの選択肢だが、陸平がいるとなると簡単にはいかなさそうだな」


 武州総合には源平和登もとひら かずとという大型FWが控えている。


 身長182センチで体重は実に100キロを超える巨漢だ。別に肥満というわけではなく動きは標準以上である。これだけの筋肉の塊だと負傷リスクもあるため、長時間の起用は避けられているが、短時間でのプレーでは頼りになる存在だ。


 ただ、さすがに源平1人だけで打開することはできないだろう。競り合った後のこぼれ球処理が問題となるが、この試合の陸平を見ていると、それも容易ではない。



 楠原がメガネをずらした。


「一つ作戦を思いつきました。高踏との試合、この僕が、陸平をマンマークするというものです」


 監督の仁紫も含めて、全員が目を丸くする。


「陸平に、マンマーク?」



 ゾーン戦術が主体と言っても、マンマークを併用する戦い方自体はよく存在している。


 ただし、マンマークする相手というのは大抵攻撃のキーマンである。トップ下にいる背番号10のようなタイプ、あるいはパスの出し手となるような司令塔タイプだ。


 陸平はそうではない。有効なパスを出す機会はほとんどなく、ひたすら相手ボール時のポジション取りを行っている、見方によっては守備専業な選手だ。



「高踏の戦い方には攻撃も守備もありません。彼らは両方の局面をほぼ同じものと捉えて、その切り替えをプロ上位レベルで行っています。そのキーマンとなるのが中盤にいる陸平、つまり、彼の切り替えのリズムを乱すことが対高踏に対する一つの取っ掛かりになるものと、閃きました」

「ほう……」


 一見して脅威と分かるアタッカーではなく、スイッチ役を徹底的にマークして、その切り替えを遅くすることでリズムを乱す。


 チームのプレーへのアプローチの速さと質の高さ、この点で高踏に勝てる高校は存在しない。


 武州総合もその例外ではない。だから、仮に高踏の切り替えを遅滞させることができれば、目は広がるように見える。



「よし、楠原。試合でやってみろ」


 仁紫はあっさりと認めた。


「うまくいくようならそれでよいし、行かないなら次はしなければ良いだけのことだ。おまえが考えることなら、俺が考えるより良いことだろうからな」


 仁紫が笑い、他の選手達も一斉に笑う。


「……ま、冗談はともかくとして、一番勝ちたいのは選手権だ。インターハイも気を抜くわけではないが、高踏相手に“刺さるかもしれない”ということは積極的に試していきたい。思いつくことがあればどんどん言ってくれ」

「いや、監督。あまり高踏ばかり見過ぎて、二回戦も油断しちゃまずいですよ」


 キャプテンを務める紺谷勝也が戒めるようなことを言う。


 本来、先走る選手達を監督が止めるものであるが、今は完全に逆だ。



 全員の意識が目の前の試合から離れたその瞬間、鋭い笛の音が鳴った。


『あーっと! これはいけません!』


 という実況の言葉に、全員が改めて試合に集中を向ける。明らかに気が立っているイランの選手1人を、何人かのイランの選手が押さえていた。


 主審がゆっくりと駆け寄り、近い側にいた副審と相談している。


 その間に問題場面と思えるリプレーシーンが流れる。日本の右サイド側の攻防で、立神とイランの左サイドの選手が競り合った後、高幡がボールを拾った。


「危ない!」


 紺谷が叫んだ。


 別のイランの選手が高幡の後ろから猛然とタックルをしかけて、足をさらった。


 うまくいっていないことから、苛立ちのままラフプレーに走ったことは明らかであった。



 主審は一分ほど相談したうえで、該当の選手にレッドカードを突き付けた。


 本人は不満を爆発させているが、周囲のイランの選手が捕まえて、「いいから外に出ていけ」と突き飛ばし、渋々判定に従う。


「高幡は大丈夫か?」


 倒れている高幡は左の足首を押さえている。リプレーで見るとまともにスパイクが入っている。深刻な負傷に繋がりかねない。


「いやいや、昇が不在だと、話が全く変わってきますよ……」


 楠原が呻くように言う。


 先程まで考えていた高踏対策は、もちろん高幡がいての話である。


 攻撃の中心である高幡不在となると、できうることが全く変わってくる。



 幸い、すぐに立ち上がるが足下をかなり気にする素振りはしている。


「早めに替えてもらいたいなぁ」


 紺谷の言葉はチームの総意であるが、日本側は動かない。


 仁紫が再び渋い顔となる。


「相手は10人になったが、点差は1点だからな」


 陸平と高幡以外で信頼できる選手がいないということなのだろう。軽度の負傷ならそのまま使い続けるつもりのようだ。


「……まあ、仕方ねぇ。本大会出場は決めないといけないからな」


 そう毒づいているところで、立神が長めのFKを星名に合わせた。


 星名のヘディングは阻まれたが、それをここまで無得点のCF緒方が押し込んで日本に追加点が入る。


 後半20分で2-0。


 これで交替かと思いきや、まだ選手交代はない。


「おいおい、いい加減にしてくれよ」



 試合が終了した。


 2-0のまま勝利し、日本はU17本大会への出場を決めた。


 しかし、武州総合のメンバーは総じて不満げである。


 高幡が結局フルタイム出場することになってしまったからだ。

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