6月27日 11:30 代表合宿
次の日の夕方、練習が終わった後、不意に道路の方が騒がしくなる。
全員が「何だ、何だ?」と道路の方に出て行くと、十台以上の車列が並んでいた。
半分くらいの車から、カメラをもった者達が出て来て、中央のポルシェを映し始める。
一体どこのスター俳優が出て来るのかと思ったら、そのポルシェから代表のユニフォーム姿の少年が降りてきた。
星名太陽である。
そのまま簡単な挨拶だけを済ませて夕食となったが。
先ほど合流したばかりの星名は取り巻きとともにどこかへ行ってしまった。
「星名はファン向けに動画配信しているということで、付近の撮影をしているらしいよ。さすがに合宿の中までは許可をもらえなかったらしいから、合宿期間中は練習以外は外にいるんじゃないかな」
ビュッフェスタイルの食事をしながら、説明をするのは高幡昇である。
「あんな奴がそばにいたら落ち着かない。練習にも来ないでほしいくらいだ」
憤慨しているのは北日本短大付属から招集されている佃浩平だ。
元来は左ウイングの選手だが選手権ではもっぱら左サイドバックをこなし、準決勝で高踏から決勝点も奪った選手である。
それが評価されて、このチームでも左サイドバックのレギュラー候補として呼ばれている。
高校生から呼ばれているのは他に3人だから計8人。残り15人はプロのユースチーム所属で、海外から来ているのは星名のみである。
1人だけ異なるカテゴリーなので、溶け込めるかという問題がありそうだが、どうも本人あるいは周辺には溶け込むという考えすらないようだ。
食事は別々、部屋も別である。
夜間のミーティングにも姿はない。
関谷も面倒なのだろう。理由の説明もない。
一応イングランドから戻ってきたらしいので疲れはあるのかもしれないが、それでも一言あってもいいはずである。それも何もない。
「それでも試合になればあいつは10番をつけるわけだし、レギュラーになるわけだよな……」
そんな声が別のテーブルからも聞こえてきた。
「ユース組も文句を言っているよ、当然だよな」
佃も文句を言っている。
陸平は苦笑するしながら、別の方向から考えていた。
このチームには14人のユース選手と8人の高校生選手がいる。
両者の間に決して対立意識があるわけではない。
ただ、生活リズムも大会リズムも話題も違う。自然、それぞれがそれぞれで固まっていて派閥のような形になっているし、これまでの親善試合でも分かる者同士のパスが多かった。
しかし、両者はここに来てどんどん接近してきている。あまりに非常識な存在が現れたからだ。
大きな反感の前に、それまでの小異は乗り越えられるものとなった。
星名を除いた22人は一致団結して、良いチームになるのではないか。そんな雰囲気が伺える。
しかし、その問題児が試合に出るということが、果てしない障壁になる。
次の日、紅白戦が始まるとそれを顕著に思い知ることになった。
星名はさすがにイングランドでプレーしているだけあって、当たりは強い。しかし。
(加藤と似た感じだなぁ)
当たりが強いので、どうしても1対1を制してボールを確実に確保しようという癖があるようだ。ボールをシンプルに移動させることより、自分が1対1に勝つことを優先させる傾向がある。
これを相手は徹底的につき始める。
星名との競り合いには必ずフォローが動いてきて、ボールから意識を離したすきに取られて次のパスを展開される。
どうやら星名がボールを競りに行くとまずいことになる。
陸平も、両サイドバックの佃と立神も理解した。
必然、フォローに対してカバーの動きを行おうとするが。
「おまえ、ちゃんと距離を取れよ! 何を考えてんだ!? これだから、日本でやっている連中は」
星名が取られそうなボールを先に回すと星名が怒りだす。
本人の頭の中には、ボールが取られそうということは念頭にないようで、相手を倒してキープする時間を確保し、次のパスを出すイメージになっているようだ。
「なあ、星名。おまえの目は前についているんだ。だからおまえは後ろが見えていないんだ。だけど、相手は後ろからもやってくるんだ。文句を言うならもう少し首を振るなりして、後ろへの対策をやってくれ。何だったらサイドに行ってくれよ。サイドだったら後ろを見なくて済むから」
陸平は余程こう言おうかと思ったが、言っても余計キレそうな感がある。
そもそも、サイドに行くことも解決になるかどうかは分からない。
星名は明らかにボールより自分の勝利を優先している。仮にサイドで勝利したとしても、時間が無駄になるのだから、中を崩せるとも思えない。
相手がボールを持っている時には最低限のプレスはかけるが、1対1の状況をより好むようで相手がドリブルで崩そうとする構えを見せたら持ち場を簡単に離れて取りに行く。相手がドリブルで仕掛けてくれればそれなりに守れるが、引き寄せてからパスを出されると余分に空いたスペースをどうにかしなければならない。
これが1試合通じて、フィールドの真ん中にいるというのは非常に大変だ。
(これはハードな縛りプレーになりそうだなぁ……)
紅白戦中、陸平は溜息をついた。
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