7月3日 19:11 代表合宿

 国内合宿は残り二日となった。


 この後、現地中国へ移動して、翌日、初戦のベトナム戦を迎えることになる。


「あいつ、拘束力が発生するのは中国に行ってからなんだって」


 食事の間に高幡が言った。彼の言う「あいつ」が星名太陽のことを指すのは誰の耳にも明らかだ。



 ウェストミンスターFCと日本代表との約束は中国入りした7月4日からであるらしい。


 それまではあくまで任意であり、完全な束縛義務はない。だから本人は練習など分かりやすいトレーニングには参加しているが、ミーティングやビデオ分析などは出ていない。



 もっとも、だからといって遊んでいるというわけでもないようだ。


 ないようだ、というのは本人がこまめにインヌタグラムなどを更新して、ジムでトレーニングしている姿を映しているからだ。そのウェイト量は全員が「本当にこの重さでやるのか?」と驚くものだ。紅白戦の出来はともかくとして、能力はやはり高いものがあるらしい。



 それでも、任意とはいえ帯同している以上、あまりふざけた態度なのは好ましくない。本来なら誰かしらかが指導力を発揮すべきなのであるが。


「あいつがいるからついてくれたスポンサーもいるみたいだから、協会は大きく口出ししたくないみたい」

「そういえば、深夜枠だけどテレビでもやるんだっけ」


 近年、放映権料の高騰があり、更にはテレビ不況もあるため、サッカーに限らず目立つスポーツコンテンツは放映されづらい状況となっている。


 ただ、星名は……というより星名の周辺は動画などを頻繁に出していて、会社付き合いも広いらしい。だから、「星名が出るなら」という条件でスポンサーを獲得して深夜放送枠を得ることができたし、勝ち進めばもう少し良い時間帯で放映してもらえるチャンスもある。


 協会としては有難いし、選手としても多くの人に見てもらえるチャンスがある。


 どうやら、海外組の実績というよりはその部分で、ある程度の特権を享受しているらしい。



「といって、何も対策しないとグルーブリーグはともかく、トーナメントでは辛いんじゃないか」


 当然そういう声が選手からは出て来る。


 任意とはいえ、これまで一度もミーティングや戦術練習に出てこない星名が、現地入りすれば突然真剣に聞くようになるとは思いづらい。そもそも、本人はともかく周辺は「日本の指導者層は……」みたいなことを言っているらしいから、内心舐めているところがあるのだろう。



 物足りないのは確かだ。陸平も、立神も、瑞江も「これだけゆるゆるで大丈夫なのか」という不安を抱いている。


 ただ、代表はそういうものだろう。毎日練習するわけではないし、そもそも日頃は別のチームで別々の指導を受けている。


 A代表ならともかく、急に集めた世代別代表に深みをもたせた戦術を教え込む時間がない。最大公約数的にまとめあげたものしか用意できないだろう。


「とりあえず、みんなの考え方をまとめよう」


 と、陸平が音頭をとる。


 これも当初はできないことだった。高校生組は陸平が「高踏高校の頭脳」的な役割を担っているという認識を抱いているが、ユース組はそうではない。いきなりポッとやってきた選手だ。身体能力も技術も低いわけではないが、ずば抜けて高いわけではない。パッと見で「こいつはすげえ」と思うような選手ではない。


 しかし、星名への反感から、それ以外がまとまるようになり、全体ミーティングが活発になった。


 高校の中で一目置かれている陸平が、いつのまにか話の中心になってくる。



「一試合は90分に60秒だから5400秒だ。アクティヴな時間は半分以下らしいけどロスタイムも含めて半分・2700秒としよう」


 陸平が説明を始める。


「仮に僕達が99パーセント監督の言うことを理解していたとしても、何をしていいのか分からなくなる時間が27秒存在する。99パーセントとしても、だ。あと、秒で区切るのも雑過ぎるだろう。実際には一秒間で数回は判断しているのだろうしね。ただ、分かりやすく27秒としよう」


 その27秒間、選手はチームとしての動きが分からなくなり、自分の感性に従うしかなくなる。


 そこに大きなズレが生じると、致命傷になりかねない。


「こういう舞台だからやはり不用意な失点というのが一番まずい。だから、迷う時にはまず守備的に振る舞うべきだろう。僕もそうするし、できればサイドバックの2人も守備優先に行ってほしい」


 サイドバックの2人となると、レギュラーは左が佃で、右が立神だ。


 どちらも陸平のことはよく知っているから、すぐに頷いた。レギュラーが頷くと、サブもそうするしかない。


「でも、そうなると点が取れんぞ?」

「そうなるね。だからいつも点が入らないんだよ」


 全能の神ではないのだから、何が起こるか分からない。そうなると、成功を望むより失敗を避けたいという気持ちが強くなるのが人間だ。国の名誉がかかる大舞台になると、尚更そうなる。


「ウチの監督は多少サイコパス入っているから『相手が”分からん”ってなる時間をどんどん増やせばいいんだ。そうすれば失敗の可能性より成功の可能性が高くなる』となるんだろうけど、通常、代表監督は善人であることが求められるからね。だから点は入らない。相手のミスを辛抱強く待つか、PKを勝つしかない。あるいは」

「あるいは?」

「攻撃する人間、守備する人間を完全に決めてしまうか、かな」

「おっ? 全員攻撃全員守備の権化みたいな高踏の中心選手がそういうことを……?」

「だって、そういう練習をしていないし、しているとしても目指す意図が違うだろうからね。星名は従わないだろうから、時間が進むにつれて白けていくしかない。それなら割り切った方がいいだろうと思うけど?」


 陸平は全員の反応を待った。

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