代表日程

6月25日 10:20 代表合宿

 福島、Jヴィレッジ。


 中国で開催されるU17のアジアカップに向け、代表が始動して2日。


 まだ全員が集合していないため、本格的なチーム練習は行われていないが、少人数での練習など、集まった選手は精力的に動いている。



 この朝、陸平はU17代表監督の関谷大輔せきや だいすけに呼ばれていた。


「以前の招集ではアンカーを任せたのだが、今回は一列前を務めてくれないか?」

「一列前ですか?」


 陸平は顔をゆがめた。


 U17代表も布陣は高踏と同じ。


 両ウイングを配する4-3-3で、中盤は逆三角形だ。


 春の親善試合では瑞江は左ウイングだったが、陸平と立神はチームと同じポジションである。


 今回は一列上がれという。高踏で言うのなら、鈴原や芦ケ原のポジションだ。



 中学時代、陸平は攻撃的な位置に配されて反発したことがある。


 さすがに日本代表に入ってまで反発するつもりはないが、納得はしない。


「一列前でプレーするなら、もっとふさわしい人がいるんじゃないですか?」


 陸平だけでなく、瑞江や立神にも共通することだが、何が何でも今、代表でプレーしたいというわけではない。違うポジションに配されてプレーすることに抵抗があるわけではないが、チームにいるのは自分だけではない。わざわざ別のポジションで使うのなら、本来のポジションの選手を使うべきではないか。


「いや、そう言いたいのは分かるのだがな」


 関谷は43歳。ドイツでも2年間プレーしたことのある実績ある選手だが、監督としては対話を重んじるタイプだ。


 陸平の疑問に対して、きちんと回答する。


「今回、イングランドから星名太陽ほしな たいようが来ていてだな……」


 星名太陽は9歳の時に海外に渡り、11歳の時に強豪ウェストミンスターと契約し、そのユースチームに所属している。ポジションは中盤で陸平と被る。


「……まあ、その、何だ。直接的ではないのだが、有名人だから優先的に起用するように、となっているわけだ」

「それなら星名に任せれば良いのでは?」


 星名のプレーを直に見たことはないが、英国の強豪でプレーしているのならば任せれば良いだろう。確かに連携面で不安があるかもしれないが、海外組のプレーを見せてくれるはずだ。


「いや、その、何というかだな……」



 関谷の様子を見ていると、どうも星名を真ん中に置くことに不安があるようだ。


 だから、保険という意味で陸平に出ていてほしいのだろう。ただ、さすがにそれをはっきりとは言えないようだ。


「別にいいんですけど、前に僕がいると、得点機をフイにするかもしれませんよ?」


 一列前だが、守備のフィルター役をしてほしいということだろう。


 ただ、その位置でフィルター的に動く以上、当然、自分のところでチャンスメークを果たさないシーンがあることも承知してもらわないと、困る。


「あぁ、それは仕方がない。むしろそっちは星名に任せるよ」

「はぁ……」



 陸平はポジション変更を受け入れて、部屋に戻った。


 部屋は2人組となっていて、瑞江と立神が同部屋である。


「監督から何か言われた?」


 部屋に戻ると同部屋の相手・高幡昇たかはた のぼるが問いかけてきた。武州総合高校の10番でボールを持った時には多彩な動きができるアタッカーである。


「……聞きたいなら直接聞いてくれよ」


 監督との一対一の話の内容をホイホイと他の選手にするわけにはいかない。聞きたいのなら、監督に聞くべきである。



 高幡は「それはそうか」と納得したが、といって話をやめるつもりはないようだ。


「星名のことじゃない?」

「……」

「何か、上はあいつを使えって話だけど、監督はあまり乗り気じゃないらしいんだって、さ」

「どうして?」


 まさにそういう話をしていたのであるが、陸平はすっとぼけて聞き返す。


「あいつ、元々アジアの戦いなんて出ても無駄だって言っていたんだけど、言葉もできないし我儘過ぎるから、向こうでポジションなくしたらしいんだよ。だからこっちに来たんだとさ」

「……」


 陸平は無言だ。


 高幡の話は週刊誌なり夕刊紙に乗っていそうなありがちな話ではある。一言で言えば眉唾である。


 ただ、それ以上に話の中で気になることがある。


「彼って、9歳の時から海外にいるんじゃなかったっけ?」


 我儘なのはともかく、言葉ができないというのはありえないのではないか。


「両親と一緒に行って、ほぼ全部付きっ切りなんだって、さ。だから、あまり英語も出来ないんだって」

「それが本当だとまずいよね」


 というより、信じられない。


 アメリカで3年間、ストリートサッカーをしていた瑞江でも英語はもちろん、スペイン語も多少分かっている。7年滞在していて分からないというのは相当にまずい。


 とはいえ、その真偽は分からない。高幡が星名を嫌いなだけで、大袈裟に言っているだけかもしれない。



(というか……)


 こいつはおしゃべりだなぁ、と思った時に、苗字の高幡が妙に気になった。


「急に話題を変えるけど、高幡って妹とかいたりしない?」

「おう。おまえんところにいるぞ」

「……やっぱり……」



 どこのチームに誰それがいる。


 選手の動向という妙な話題だけに詳しい一年生・高幡舞。


 その兄が、武州総合の10番らしい。


(だから彼女は武州総合イチ推しなのか)


 その得心が大きかったので、しばらくの間星名太陽のことは頭から抜け落ちた。

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