6月11日 17:49 部室

 再び石綿が質問を投げかける。


「1年生だけということに不安はなかったですか?」

「正直、その時点ではとりあえず監督が戻るだろう前提でしばらくやるだけでしたから、不安みたいなものはなかったですね」


 この点では、登録漏れで総体予選もリーグ戦も何もなかったのが大きいだろう。試合があれば色々気にしなければならなかったはずである。


「あと、上級生が抜けたのは結果的には凄く助かったと思います。ゲームで体験していましたが、ガチでやりたい人とまったりやりたい人が同じチームにいると、どこかで対立が生じますからね。ゲームでもそういうことが起こるのだから、実際の部活となるともっと凄かったはずです。巧い下手はともかく、全員前向きにやるメンバーが揃ったということは良かったです」


 しかも上級生と下級生という対立まで背負い込む可能性があった。


 そうしたことが未然に回避できたのはとてつもなく大きかったと、日を追うごとに実感する。


「なるほど、チームをまとめるためのいらない労力を使わずに済んだと。ゲームはよくやるんですか?」

「最近は全然できなくなりましたけど、中学の時までは。怜喜とはそこで知り合いましたし」

「陸平君も?」

「あいつはやばいですよ。2台並べて別のアカウントを同時に使っているのに、敵チームの行動力計算とか僕が全神経集中してもできないようなことやっていましたからね」

「天宮君、そういう規約違反の発言をするのはどうかと」


 付き添ってはいたものの黙っていたマネージャーのうち、高梨が口を開いた。


 大半のゲームでは複数アカウントの使用は禁止されている。陽人は褒めたつもりではあるが、陸平がルール違反していたことをさりげなく白状したことにもなる。


「……まあ、今の話はゲームに詳しい人以外は分からないので、うちの紙面には載せませんよ」


 石綿が苦笑し、滝原も「こちらも同じく」と続いた。



 続いて学業面の話になる。


「これだけ色々やっていると、勉強の時間が取れないのでは?」

「そうですね。今のところクラスの中位ですが、そのうちドーンと落ちたりしないか不安な時はあります」

「高校二年にして、既にサッカーの監督として名前をあげつつあります。将来的にプロチームの監督を希望することはありますか?」

「うーん、先ほどの話とも重なりますが、チームをまとめあげるのは大変ですからね。ここだからできただけで、普通のチームを指揮してくれと言われても多分無理だろうと思います」

「興味はない?」

「ないと言うより、できないだろうという感じですね。この前、C級ライセンスの受講はしましたけれど、基本知識としてはともかく、実際のチーム指揮にどれだけ役立つかは分かりませんし」


 滝原が言う。


「こういう言い方をしては何だけど、三河地区ではスター選手みたいなものだ。甲子園で活躍した王子ほどは無理としても、色々困らないところはあるんじゃないかな」

「……そうだといいんですけどね」



 滝原が更に続ける。


「一年生ばかりで選手権ベスト4、これはとてつもない成績だが、やはり地域の人としてはもう一つ二つ上を狙ってほしいと願っているはずだ。君にとっては迷惑な期待かもしれないが、そういうことについてはどう思っているのかな?」

「もちろん、行けるものなら行きたいですが、僕達が望めば叶うものでもないですしね。特に総体は日程もきついですし、一回戦スタートか二回戦スタートかだけでも全然違います。やれるだけのことはやりますが、運次第ですね」

「この先に向けて、何かやりたいことはあるのかな?」

「うーん、まあ、同じことをしていても勝てるとは思いませんので、更に前進していきたいとは思っています」



 石綿が変わった。


「少し練習を見てみたいのですが、いいでしょうか?」

「構いませんよ」


 と答えたところで、卯月が「今日は例の練習をやっていますけれど」と指摘する。


「あ~、そうか……」

「例の練習というのは?」


 滝原が不思議そうな顔をした。


「そのうち使おうと思っている新しいフォーメーションなんですけどね。ネタバレして困るわけではないですが、変に広められて期待された挙句に実際にやったら不発でも困るので」

「そうか。それはさすがに取り上げるのはまずいな。正直、見て分かるものでもないだろうけれど」


 滝原が残念そうに石綿を見た。「僕もサッカーは詳しくないので分かりませんけれどね」と言いつつも、さすがにそうしたものを見るのはまずいと思ったのだろう。


「しかし、練習を非公開にすることはないよね?」

「……代表なら聞いたことありますけれど、高校サッカーで練習非公開にしているチームはあるんですか?」

「ないか。まあ、高踏がある意味特殊なサッカーをしているからな」

「それなりに見に来る人もいますけれど、大勢来るわけでもないので非公開にするだけ無駄という感じがありますからね。お金もかかるでしょうし」


 そんなところにお金を使うなら、器具でも買った方がマシである。


「まあ、でも、帰りに見ていく分には構いませんよ」


 陽人はあっさりと答えた。



 その後、二、三の話をした後、インタビューは終了した。


 帰り際、滝原と石綿が並んでグラウンドを見る。


 紅白戦をやっているようだ。2チームが試合をしていて、別の面々……主として一年生がその様子を眺めている。


「何か分かりますか?」


 石綿が年上の滝原に尋ねた。


「正直分からん。彼らのビデオでもじっくり見れば分かるのだろうが……」


 滝原の視線の先には撮影している辻の姿がある。


「そこまでやるのは取材相手に悪いだろう」

「そうですね」

「駅まで送っていってやろうか?」


 滝原の申し出を石綿は「配慮感謝します」と頭を下げつつも断る。


「今日は実家に戻るので、タクシーで帰ります」

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