6月11日 17:17 部室

 昼休み、校内アナウンスが流れる。


『2年C組天宮君、至急校長室まで来てください』



 弁当を食べ終わったばかりの陽人は、黒板の上のスピーカーを眺めて、溜息をついて立ち上がった。


「何だろう? 部の関係かな?」


 陸平が首を傾げた。


「他の理由で呼び出される覚えはないから、多分そうだろう」


 陽人はそう答えて校長室へと向かう。



 校長室には校長の篠田に加えて真田の姿もある。


 ということは、サッカー部で何かしなければならないようだ、陽人はそう見当づける。


「実はね、日本政経新聞からの取材要請が来ているんだ」

「日本政経新聞?」


 取材要請はともかく、その相手に驚いた。


 新聞、しかも日本でもっともお堅いイメージのある新聞だからである。


「先週水曜日に共同会見は開いたものの、天宮君とサッカー部は社会現象とまでは大袈裟なものの、それだけでは飽き足らないくらいに話題が大きくなっているようだ。なので、我が校OBの記者を通じて取材したいと聞いてきた」

「つまり、取材を受けなさいということですね?」

「昨年取り上げてくれた三尾新報の滝原記者と2人でどうだろう?」


 確かに昨年、最初に取材を受けたのは滝原雄哉である。


 滝原自身もサッカーにさほどの興味はないようで頻繁には来ていないが、今回、別の取材を受けるに際して滝原を無視したのでは、本人も大溝も不満に思うかもしれない。


 だから、2人相手に話をしてほしいということには不思議な点はない。


「……分かりました」


 もちろん、面倒ではある。ただ、それなりに勝っているのも事実だ。これまで以上に話をしなければならないところもあるだろう。


「時間はいつがいい?」

「いつでも構いませんよ」


 校長は「分かった」と言って、机の電話で相手の携帯に電話をかけはじめる。まずは石綿、続いて滝原のようだ。


「今日の17時で良いかい?」

「今日ですか?」

「滝原記者はいつでも良いらしくて、石綿君もこれから来ると言っている。どうだろう?」

「構いませんけど、大変ですね」


 依頼したその日のうちに東京からやってくるという。


 仕事というのは大変だ、他人事のように思った。



 その日の夕方。


 練習メニューだけ渡すと、練習の監督は後田と結菜に任せ、陽人はマネージャーの卯月、高梨とともに部室で待つ。


 時間きっちりに2人がやってきた。


「日本政経新聞の石綿と申します。よろしくお願いします。早速ですが」


 と、滝原の顔を見た。自分が先に聞いて良いかという意思確認だろう。滝原が頷いて、石綿がレコーダーをスタートする。


「高踏高校では、ハンドボールのパス回しなど、とにかくチームのスピードを意識していると聞きました。こうした練習はあまり見ないように思いますが、どういう目的があったのでしょうか」

「目的というと難しいですが、僕も色々サッカーの試合を見ていて、一番面白くないのは展開がゆっくりしていてノロノロしているように見える試合です。だから、そういう試合はしたくないなと思い、早く動くチームがいいなと思いました。チームが早く動けばミスがあっても、逹樹、翔馬、怜喜がカバーしてくれるでしょうし」

「なるほど。見ていた側からの考えである、と。ここまで上手くいくと思っていましたか?」

「まさか。ある程度上手くいくようになると、全員がそれぞれディテールを追求するようになってくれました。僕と雄大の2人ではここまでは出来なかったはずです」



 滝原が質問を変わる。


「こちらは幸い、大溝さんから早い段階で聞いていて、前から見ていたから高踏の進化が何となく分かってはいるのだけど、その上でも聞きたいことが何点かあるんだけどいいかな?」

「はい」

「去年の県予選終了以降、練習内容がかなり変わったように見えた。具体的にはそれ以前まではある程度ノルマ的な早い練習だったのが、予選以降は創意工夫を凝らした練習が多くなっている。特に新入生が入って更に変わった練習が増えたけど、どういう意図があったのかな?」


 石綿が「そうなんですか」という顔をしているが、この変化は確かにずっと見ていた滝原や大溝夫妻にしか分からないだろう。


「僕は監督としての経験が少ないので、駆け引きなどはできません。なので、相手が何か仕掛けてきた時にピッチ上の選手に何とかしてもらいたかったので、色々予想外のシチュエーションを作るような練習を増やしました」

「それまでは駆け引きについては気にしていなかったと?」

「いえ、そういうわけではなく、まさか全国に出られると思ってませんでしたので」


 そういえばそうだった、と滝原は苦笑した。


「トントン拍子で行きすぎているのでね。全てプランにあったのかと思ってしまったが、そういうことではなかったんだね」

「はい。結構場当たり的ですよ」

「それでは、今年度に入ってからはどうだろう? 更に複雑になったように見えるけど?」

「単純に人数が増えたので、できることが増えたということがあります。あとは去年のノウハウがあるので多少省いているところもありますね。結果として今年の1年はハードになってしまって可哀想です」


 陽人が笑い、滝原も笑う。


「来年入ってくる子はもっと大変だ」

「違いないですね」

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