6月11日 11:50 東京・日本政経新聞本社
東京都・千代田区。日本政経新聞東京本社。
記者の
「石綿君、突然なんだけど、明日から母校の取材をしてくれないかね?」
「は?」
石綿は目を丸くした。
母校と言われても、候補は四つある。ただ、早稲田大学の取材に入社二年目の自分をあてることもないだろう。となると、高校以下になる。
「高踏高校のサッカー部をね、一度特集したいんだ」
「あぁ、去年、ベスト4まで行きましたよね」
「正確には今年1月だよ。その後のことは知らないのかね?」
「すみません、自分、あまりサッカーに関心がないものでして」
石綿は正直に答えて、頭をかいた。
「今年のインターハイにも出場するんだけどね。目下の予測ではダントツの優勝候補だ」
「そうなんですか!? 高踏のサッカー部が?」
石綿の記憶の中に、高踏の運動部が躍動する姿というものはない。基本的には進学第一、スポーツは息抜きとしてやるに過ぎず、全国大会に行くようなことはありえないはずであった。
だから、昨年末に高踏高校が高校選手権に出ると聞いた時は驚いたし、「一生に一度の機会だろう」と応援にも行った。しかし、その試合で負けるだろうと思っていたチームはあれよあれよと準決勝まで進んだ。
「何せ決勝で三年連続出場だった深戸学院に7-0で勝利だ。しかも、その深戸学院が次の週に関東遠征をして無敗だったというから、これは偉いことだよ」
「なるほど」
関東の強豪が勝てなかったチームが、高踏には7点差で負けた。
だから、高踏が一番強いという理屈になったらしい。
そんな単純なものでもないと思うが、サッカーで7点差というのはかなりのものである。そういう評判になること自体は分からなくもない。
「何でそんなに強くなったんですか?」
「何を馬鹿なことを言っているんだ。それを取材してもらいたいから、君に来てもらったんだ」
井坂が呆れた顔で言った。
「彗星のように現れて、全国ベスト4まで進出。しかも学生監督を擁して。サッカー専門はもちろん一般のところも大きく取り上げたいんだが、いかんせん高踏高校自体がこうした取材に非協力的でねぇ」
「非協力的でも何とかするのがメディアなんじゃないですか?」
「それがねぇ、ああいうところが一番やりづらいんだよ」
高踏は県下では十番手以内くらいまで落ちるが、地域ではナンバーワンの進学校である。
地元議員、地元有力者の中にOB・OGが多いし、地元メディアにも多くの卒業生が在籍している。高校が「No」という中で取材を強行しようものなら、そうした地元の猛反発を受ける。
「確かに高踏はど田舎とまでは言いませんけれど、ある程度田舎ですからね。知らない奴が歩いていたら地元ですぐに分かりますよ。あのあたりでユーチャーバーが調子乗って撮影していたら、私有地入った途端に住居侵入罪で捕まるかもしれませんね」
「そうそう、実際2人捕まったよな」
「えっ、本当に捕まったんですか」
多少誇張して言ったつもりが本当に起きていたらしい。
「もちろん起訴はされなかったけど、高踏サッカー部案件だと警察も動くみたいだよね~。地元の誇りとなったわけだし」
「なるほど、確かにそうですね」
大都市を抱える地域の縁辺地域はどうしても劣等感を抱きがちになる。そんな中で地元から大活躍する高校が出て来たのだ、それは応援したくなるだろう。
「そして今時珍しくSNSもやっていないからね」
「全国大会出るくらい部活やっていて、しかも勉強もしているでしょうから、SNSなんてやる時間ないんじゃないですか?」
「だからとっかかりもないんだよ。何とかならないかね?」
「……いや、まあ、当たってみるだけならできますけど」
何とかしてよぉ、という井坂の期待に満ちた目線に折れ、石綿は最終的に了承してしまった。
自分の席に戻った石綿は、まず高踏高校のサイトを探し、教員などが分からないか調べてみる。高踏高校にいたのは9年前である。まずはその当時の教師に頼んで、サッカー部への取材の端緒を開くべきだろう。
「しかし、インターハイの優勝候補とはねぇ」
高踏高校というスポーツ弱小校にいた石綿である。そんなものがある、という程度でしか知らなかった。
「他の高校はちょっと不甲斐ないんじゃないかなぁ。まあ、でも、最近はパワハラとかそういう事件ばっかりで強豪校が自滅していることもあるのかもなぁ」
独り言をつぶやきながら、何の気なく「パワハラ、サッカー部」と入れてみる。
「おぉ、福岡の今原学園でサッカー部員が自殺。裏には顧問のパワハラがあったのではないか、かぁ。こういうのは昔からあったのだろうけれど、今は明るみになりやすいからねぇ。全国大会準優勝経験のあるところでも集団暴行疑惑か……。やばいねぇ。おっと、関係ないことばかり調べそうになっていた」
個人情報保護の観点もあるのだろう、教員のデータなどは残っていない。
となると、まずは正面から向かうしかなさそうだ。
石綿は高踏高校の事務室に電話をかける。
「もしもし、私、〇×期生の石綿友次と申しますが、現在日本政経新聞に所属しておりまして。はい、はい。その、一度、サッカー部の取材をさせていただきたいのですが……」
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