6月2日 14:16 総体県予選決勝会場
後半が始まった。
両チームともメンバーの交代はない。
「高踏はともかく、深戸はこの点差でメンバー交代がないのは驚きだな」
「変えてどうなるものでもないし……」
潮見の言葉を受けた野形がグラウンドに目を落とす。
「高踏もこの点差だと前半以上にペースを落とすから、1年を起用しても仕方ないだろうな」
事実、高踏はペースダウンをした。深戸もがむしゃらに反撃することはなく、収穫の少ない後半となりそうだ。
そうなると、監督達の話題は試合よりも「今後どうやって対抗するか」ということになる。
その前に、まずはどうして高踏がここまで伸びたのか、という点を分析することになる。
「一番大きな理由は、天宮陽人が目先の勝利ではなく高い目標を掲げて、そこに近づくことを目指したからだろう。何だかんだ99パーセントの人間は勝てば多分に満足するところがあるのだが、天宮はそういう感覚がない」
潮見の分析に、沢渡が頷いた。
「こういう理想が高いタイプの監督は、大体理想と現実の差を思い知ることになるのだが……」
「その試合を選手権予選まですっ飛ばしたことで、じっくり鍛えることができた。しかも高踏は進学校ということもあり頭の良い選手が多いし、更に偏屈な人間も何名かいたから自分達で工夫することに楽しみを覚え始めた。監督が高い目標をもち、チームの個々がそれぞれに努力をした結果、一年半で差がついた」
潮見が言うことは全員が既に理解しているところである。
そのうえで、藤沖が自分達にあてはめる。
「つまり我々のようなまあまあ強いチームというのは高踏を真似することもできません。我々は目先の試合に追われてしまいますし、今の高踏のように自分達で何かやろうというタイプの選手も少ない。仮にいたとしても、その選手に十分時間を与えることもできない。バックのプレッシャーも凄いですしね」
「それも大きいな。高踏は勝ち抜くことを期待しているわけでもないし、保護者が考えているのもサッカーで活躍することではなく進学だ。監督の起用に何かを言ってくる環境でもない」
普通、チームが勝ち進めば勝ち進むほど、応援団の数は増える。
しかし、冬の選手権で高踏応援団は初戦がピークで、あとはどんどん減っていったという。二月と三月に受験を控えて、とても応援などしていられないという訳だ。
「最後に、今日の試合に出ている1年を見ていても、ある種の自信のようなものを持っているように思いますね」
「それは感じたな。1年生も余裕でプレーしている感がある。深戸学院を全く恐れず、勝者のメンタリティのようなものを持っているというか」
「サブチームを出して、弘陽学館に勝ったチームだからな」
きちんと戦えば負けるはずがない、という認識を持っているのだろう。
「負けるわけがない、という思いを選手にもたせる上ではこの夏が勝負でしょう」
藤沖の言葉に、3人も同意した。
この夏、総体に出ない鳴峰館、珊内実業、鉢花、樫谷は公式戦が1試合も組まれていない。
「夏合宿で、監督・コーチも含めて徹底的に鍛えていくしかないな。もちろん、涼しいところで行う必要はあるが」
野形が言う。
東海地域でもっとも暑いのは岐阜県であるが、愛知も遜色がないくらいに暑くなる。都心部が多いために夜になっても気温が下がらず、寝苦しくコンディション調整もままならない。
「珊内は長野の菅平で合宿をする予定だ」
「菅平というとスキー場じゃないですか?」
「そうだ。夏でも涼しい。徹底的に山を走らせて足腰を鍛えるつもりだ。今から高踏のやり方をするのが無理である以上、ひたすらトレーニングと紅白戦をするしかない」
地獄の猛特訓、そんなフレーズが頭に浮かぶかのような情景だ。
「樫谷も合宿には行きますが、ボールには触らせないつもりです」
藤沖の言葉に3人が「ボールを触らせない?」と目を丸くする。
「北海道に合宿に行きますが、グラウンドというよりは自然の中でレクリエーション活動をするようにしたいですね。十勝や富良野の大地や、知床の海といった雄大な大自然を見せながら共同活動をさせる予定です」
「なるほど。昔、フィリップ・トルシエが若い選手を連れてアフリカ西部で共同生活させたようなものか」
1999年に、当時新任だった日本代表監督トルシエはU19の選手を連れてアフリカ西部で合宿させた。その人生経験による賜物か、チームは当時のワールドユース大会(現在のU20ワールドカップ)で史上初の決勝進出を果たしている。
「そうですね。人生経験をさせるとともに、ボールから離すことで飢餓感を与えたいのもありますね。早くボールに触れたい、サッカーやりたい! っていう……。ただ、これに関しては現代っ子なので、離れたら離れたでサッカーに関心をなくすかもしれないという危惧はありますが……」
「そうだなぁ。今の子供はすぐに別のことに関心を向けてしまうし、色々なところで情報を仕入れてくるから、中々言うことを聞いてくれないところもあるな」
「そうなんですよね。ま、これで離れる子は、いずれは離れる運命にある子だったと思って諦めるしかないですけど」
変に期待して、最後に離れられるよりは最初から離れてくれた方が良いかもしれない。
藤沖はそう肩をすくめた。
「北海道の大自然の中、ボールから離すというのは面白い発想だと思うが、最近の北海道はヒグマのニュースも多いから、自然に近い場所では気をつけろよ」
潮見が言うと、藤沖はフッと笑う。
「かのイビチャ・オシムは『ライオンに襲われたウサギが肉離れをするか?』という有名な言葉を残しました。仮にヒグマに追いかけられれば我々はもう何も怖いものはなくなるでしょう」
「いや、おまえ、その発言はいくら何でも教職として問題だぞ」
潮見の真面目なツッコミに、藤沖は「これは冗談だって」と応じるが、全員半信半疑という様子であった。
と、夏に向けての話を続けているうちに、時計は後半15分を過ぎていた。
どちらも得点することなく、5-0のままである。
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