6月2日 14:00 総体県予選決勝会場

 ハーフタイムの高踏・控室。


 陽人は加藤を呼び寄せて言った。


「先制点のシーンだけど、あれ、何も考えずにミスったから瑞江に出さないと、と思っただろ?」

「はい」

「任せること自体が悪いとは言わないが、自主性を捨てて周囲に従うだけなら、あえて加藤賢也という存在を起用する意味がない。そこは忘れないように」

「わ、分かりました」


 加藤が頷いたので、全体の感想を口にする。


 とはいっても、5-0の試合である。文句はない。



「いい前半だったと思う。正直、深戸学院相手に前半でこのスコアは完全に想定外だった」

「完全にシンクロしていたイメージがありますね」


 稲城が陽人の賞賛に応じる。


「例えばボクシングでは、パンチに出ても良いし、逆に守備に回っても良いというようなどちらでも良い瞬間というのが多々あります。サッカーでもそうした瞬間がありますが、ボクシングが1人なのに対して、サッカーは11人がそうした局面に出くわします。ですが、今日のチームは全員がほぼ同じ選択をできているように思いましたね」

「……だ、そうだ。俺も見ていてチームの一体感を感じた。逆に後半は少し乱れが出るかもしれないが、落ち着いてかかっていきたい」

「おう!」


 陽人の指示に選手が応えて、後半のピッチへと向かっていく。



 後田と結菜が近づいてきた。


「後半の選手起用はどうする?」

「そこだよなぁ……」


 準決勝の珊内実業戦と同じで、リードが広がり過ぎてしまった。もちろん、緊張感を失うことはないだろうが、どうしても0-0で始まる前半とは違う精神状態になる。


「2点くらいは失うことを覚悟で、戎と加藤がどこまでもつかを試してみたいと思う」

「確かに、今から鈴原さんや芦ケ原さんを入れても、それはそれでやりづらいものね」


 1年生の加藤と戎はまだスタミナが十分とはいえない。


 だから、どこまで続くか試してみるのも悪くないだろう。



 後半のベンチに座ると、陽人は今後の予定を確認した。


「この総体予選が終わると、8月の本戦まではリーグ戦だけで何もないか」


 我妻がすぐに否定した。


「後半に、東海総体がありますよ」

「東海総体? あ、そういえば」


 何かの会議でそんな話を聞いたことを思い出した。


 6月の第三週の土日に開催される、東海四県、静岡、愛知、岐阜、三重の決勝進出チーム8チームでトーナメントを競い合う大会だ。


「あれ、土日?」


 8チームによるトーナメントなら3試合のはずだ。日程は土日しかない。


「2日目は10時に準決勝で、14時に決勝ですね」

「……」


 冗談じゃないよ、という言葉が頭に浮かぶ。


 連日というだけでも無茶なのに、同日2試合開催というのは正気の沙汰ではない。


 いっそ辞退しようか、ということも考える。


「でも、選手登録は30人までOKですよ!」


 不穏な空気を察したのだろう、我妻がフォローを入れる。


「それなら、3チーム作って戦うしかないか……」


 30人まで入れるとなれば、1年もほとんどが入れる。特に今回のメンバーから漏れた1年生にとっては貴重な経験の場となるだろう。



 後半が始まった。


 リードが大きいので、後半のテーマは設定しにくい。


 まずは戎と加藤の1年2人がどこまで動くことができるか、ということだろう。多少動きが落ちても起用しつづけるつもりではいるが。


「引っ張れるだけ2人を引っ張るつもりだが、最終的に出番はあると思うから、準備だけはしておいてくれるか?」


 さすがに試合終了までもつことは想定しづらいので、芦ケ原と鈴原の2人にアップするよう指示をさせる。



 その横で戸狩が欠伸をしていた。


「俺、もしかして今日どころか今年中、出番ない?」


 視線が合うと冗談交じりにそんなことを聞いてきた。


 ここまで戸狩の公式戦の得点は1得点。


 不調というわけではない。単に点を取りにいく場面で使われないだけだ。


 リーグ戦でもほぼ毎試合試合に出ているが、昨年のような拮抗した展開で出ていることがない。Aチームに関してはほぼ前半だけで優勢を確定させ、戸狩が出場する頃には3点差ほどついている。


 そんな展開で出て、必死に攻撃をすることほど虚しいことはない。他の選手とともに試合をクローズドさせる仕事が主となっており、昨年のような攻めに回る展開がない。そのためゴールもアシストも少ない。



「……いや、真治が必要な試合が、きっとあるから」



 レギュラーやベンチ入りから漏れた選手達に対して、「必要としている」と伝える。


 監督として一番大変な仕事はそれだろうと思っていたし、事実、今年はそうした難しさが既に現れつつある。


 しかし、勝ちすぎていてスーパーサブの出番がなく、「いつになったらまともに起用されるんだ?」とぼやかれる展開は予想していなかった。


 それでも1年中通して、完勝の繰り返しということは考えづらい。必ず競った展開となる試合があるはずだ。



 しかし、現状では当面のところ県内最大の強敵と目されていた深戸学院相手に前半だけで5点リードである。


 このままの状態だと、いつ出番が来るのか分からないし、それを待ち続けるのも辛いだろう。



「リーグ戦再開したら、調整のために先発で出すよ」


 と言うしかなかった。

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