6月2日 13:48 総体県予選決勝会場
前半終了のホイッスルが鳴り、両チームが引き上げていった。
前半は5-0。終了間際に颯田がミドルを突きさして、前半だけでほぼ決定づけてしまった。
スタンドの観衆はそれほど多くはない。しかし、一部の例外……深戸学院の応援団、を除いた観客達は一様に「今日は得をした。すごいものを見た」という満足そうな顔をしている。
「深戸学院は決してダメというわけではない。それ以上に高踏の動きが良すぎる」
潮見がお手上げとばかりに両手を挙げた。
「前半途中にも言いましたけれど、高踏のメンバーが試合スピードに慣れてきて、決まり事の中に自由を見出してきていますね。個々のメンバーが余裕を得て、創造性に変えています。サッカーというより優れたハーモニーを見ているような感覚がありました」
「藤沖、おまえさん、日頃はビールかっくらっているくせに何洒落たことを言っているんだ? しかし、まあ、確かにハーモニーという感じはあるな。1人が『こういうことをするぞ』となった時に他のメンバーもそれに応じて『ならば自分はこうするぞ』となってきている。高いチーム力の中で、個々人が持てるものを出し惜しみせずぶつけている、というような感があった」
「それでも加藤や戎といった1年はまだまだ出せていないものがあります」
「だから、まだこの上に行くかもしれないというわけか」
潮見が首を左右に倒した。
「もう想像もつかんわ」
沢渡が続く。
「スペースを潰していてももはや対応できる感がない。近くに来るだろう選手の癖を徹底的に調べていくしかないな。あとは単純に相手が絶不調であることを願うしかない、か」
ハーフタイムということで高踏側の控え選手が5人ほど出て来て、パス回しの練習をしている。
その中に司城を見つけて、野形が溜息をつく。
「1年の中から出て来るのが司城蒼佑でも浅川光琴でもなく、戎と加藤という無名の存在なのだからなぁ」
そういえば、と潮見が付け加える。
「浅川はベンチにも入っていないな。元々大きなスペースを使うタイプだったから、細かいポジション修正を強いられる高踏には合ってないのかもしれんな」
少し離れたところで、「チッ、チッ、チッ」と人差し指を左右に揺らす、茶髪の女子生徒がいた。
「加藤賢也を無名と除外するなんて、あの人達、分かってないですね~」
自他共に認める高踏サッカー部のマニア女子・高幡舞である。
「高幡さんは知っているのか?」
辻佳彰が醒めた視線を高幡に向ける。
知識は凄いものがあるようだ。他校に行った選手の情報まで知っているのは凄い。
しかし、問題は今、高踏や他校にいる選手には全く目もくれていないことだ。
高校生には全く興味を向けず、中学3年の動向をひたすらチェックしている。
俗にドラフトにしか興味を持たない者もいるというが、そのサッカー版と言えるのが高幡舞であった。
「そもそも、加藤と水田は深戸学院の地元に近い富川FCにいたんですよ?」
「へえ、そうなんだ。あと、呼び捨てはやめような」
「基本的に下位をうろうろしているチームでしたが、昨年は加藤が攻めて、水田が守るという姿勢を徹底し、地元リーグで4位まで上がりました。加藤はボールを取られないし、水田は簡単にはゴールを割らない。しかし、片やボールを持てばドリブルばかり、片やゴールマウスにはりついてひたすら守るのみ。2人とも1980年代にプレーしていたような選手でした」
「高幡さん、1980年代生きてないよね?」
まるで見てきたような様子で語る高幡に、辻は白い目を向ける。
この試合にいない水田の評価はできないが、辻が見る限りでも、加藤のオフェンススタイルは確かに古い。時間を短縮することが求められる現代サッカーでは、ドリブルでもスピードを求められる。技巧を全面に出し、こねてかわすタイプはどうしても受けない。
ただし、この前半、加藤が貢献していたのは事実だ。元々守備面では問題ないことに加えて、エリアに近い位置なので迂闊に倒すとフリーキックやPKのチャンスとなるので、相手も対処しづらくなっていた。
もちろん、その位置でドリブルができるのは加藤本人の努力だけでなされているわけではない。むしろ支えている戎と陸平の労力の方が大きい。
「チープな言葉だけど、それぞれの個性がうまくミックスされている。そう思わない?」
高幡に同意を求めるが、「私にはさっぱり」とすげない返答が返ってきた。
「私は大人には興味がありません。若い子の動向だけが楽しみです」
端末を開いて見ているのは中学生の大会の結果らしい。
これでスカウトにでも行くのなら良いのだが、特にそういうこともしない。おそらく来年になれば草山紫月ら入ってくるだろう選手達を無視して、「次の中学三年は」となるのだろう。
そして調べては「彼はうんぬんかんぬん」と蘊蓄を披露するだけである。
「まあ、いいんだけどね……」
試合の録画はしてくれているので、辻としては文句を言うことはない。
ただ、高踏のマネージャー部において、高幡が加藤並に使い方の難しい個性であることは疑いようのない事実である。
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