6月2日 13:17 総体県予選決勝会場

「え、パス出せって達樹も言っていたから問題ないんじゃないのか?」


 後田が不思議そうに反論すると、結菜が答える。


「パスしかなくなった時に瑞江さんに出すのはそう決めたので問題ないんですけれど、今はドリブルとパスの選択肢があったのに選択という形でなくパスを出したから問題なんですよ。結果はアシストになりましたけど」

「あぁ……、そういうことか」


 後田も納得したようだ。


「ただ、加藤がああいうパスを出すことができるということが分かったのは上々だ。今後、判断が磨かれればもっと良くなるということだし」

「確かになぁ。あいつ、意外と引き出し広いのかもな」



 先制点を取られた深戸学院は、まずボールをしっかり前に送りたいところだが、松原と下田を狙うパスはほぼ寸断される。


「きっついなぁ」


 サイドを狙った三度目のパスもあっさり立神に取られ、谷端は毒づいた。


 そこまでは見通せていないが、左サイド(深戸学院側だと下田)寄りに陸平がいて、右サイド(松原)寄りには戎がいる。戎には立神が、陸平には稲城がフォローに回っている。


 余程高精度のパスでなければ、通すのは難しい。


 ボールを取った立神がシンプルに前に出した。颯田が受けて、まず縦に切りこもうとするが、ここは倉内がゴールへのコースを切った。ならば、と颯田は反転して得意の右45度の位置に走る。倉内がついていこうとした次の瞬間、颯田が右のアウトサイドキックでゴール中央にグラウンダーのパスを送った。


 倉内はシュートだけを予想していたのだろう。「えっ」と振り返り、ゴール中央に無人のスペースがあることに「おい!」と叫ぶ。


 加藤はエリアの外、瑞江は開いていた。この2人にDFの意識が向いているが、瑞江と交差した稲城が中に入ってきていた。CBの満原が気づいて追いかけるが、とても間に合わない。


 シュートコースが見えないと打てないと言う稲城だが、もちろん、ゴール前で打てるなら別だ。


 宍原に一歩先んじてシュートを放つ。チームでは屈指の体幹を持つだけにシュートの威力はチーム随一。豪快に突き刺さった音に、会場が静まり返る。



 スタンドの監督四人衆が「おいおい……」と引いたような声を出す。


「まだ前半10分だぞ……。一体どうなるんだ?」


 潮見が時計を見て、不安げな顔になる。


「先週以上に強い……? いや、先週も隙が無かったが」


 高踏が有利だろうとは思っていたが、一方的過ぎる。深戸は中盤にすらスペースを見つけ出せずサンドバック状態だ。このチームがここまで攻められる姿を最後に見たのは一体何年前になるのだろうか?


「高踏は次の段階に移りつつあるのかもしれないですね」

「次の段階?」


 藤沖の言葉に、潮見が険しい顔をする。


「選手権まで、高踏はとにかくテーマをこなそうとしていました。速いプレス、速いパス回し、速い展開。相手にとってはほとんど未知ではあったわけですが、高踏の選手にとってもやはり未知のもので天宮陽人の指針以上のものは出せなかった」

「そこから進化したというわけか?」

「今の高踏のメンバーは速さに慣れてきて、余裕が出て来ています。以前はできなかったプレーができるようになり、速い中で複数の選択肢をもつことができている。もちろん、陸平に、今プレーしている戎の存在も大きいのでしょうけれど」


 切り替わった時を常に意識している陸平と、抜群のポジショニングセンスをもつ戎。この2人がいることでそれぞれの受け持つ負担が小さくなり、その分スピードアップとバランス向上に務めることができている。


「端的に言って、今の高踏には深戸学院だけでなく、日本中のどの高校も勝てないかもしれません。沢渡さんが言うように、天皇杯に出てJチームに挑戦するくらいでいいチームかもしれません」



 歓声と溜息。


 颯田のシュートを宍原が止めた後、二次攻撃として瑞江が折り返したクロスを立神がヘディングしたが、枠外に外れた。


 高踏が有利だろうと思ったが、深戸学院を相手に前半15分間、一方的に攻めまくって2点リードする展開というのはさすがに想定していなかった。


 藤沖の言うように、現時点では高校最強というのも満更嘘ではないのかもしれない。



「ただ、この試合を総体本戦でできるかというと、そこには総体ならではの問題がありますからね」

「日程だな……」


 総体は決勝戦までを想定すると、わずか8日間で最大6試合を戦うことになる苛酷な大会だ。試合時間が70分と短縮されるにしても、連日の試合は厳しい。


 しかも時期は夏である。猛暑に配慮して福島東部・Jヴィレッジ周辺の涼しい地域で恒久開催されることが決まったとはいえ、30度近くまではあがる環境だ。


「フルスロットルで試合をしたなら高踏に勝てるチームはいないでしょうが、さすがに6試合続けては不可能です。そもそも戎や加藤は続けて試合に出ることも無理でしょう」

「選手権は中一日で登録人数も30人だが、総体は本戦も20人だからな。登録選手自体変えるかもしれないな」

「そうなんです。ということで高踏は総体で勝つにしても負けるにしても違うサッカーをやるはずで対策ができないまま、選手権予選を迎えることになります」


 頭の痛い話だ。


 現時点のものへの対策を全国が出してくれない。そんな環境でもない中で、選手権予選でまた戦わなければならない。


「しかも、5か月あるので、更に新しいことを加えてくる可能性もありますからね。余程気合を入れてかからないといけませんね」


 藤沖の言葉に全員が一様に押し黙る。


 ここから先に行くかもしれないとなると、何をしてくるか予想もつかない。


 去年、鉢花は好調な新鋭と油断してしまい、結果10-0という記録的な敗戦を喫した。


 今のままなら、今年の秋は普通にやっても、そのくらいのスコアになる可能性がある。



 と考えているうちに、左サイドで受けた園口がそのまま切れ込んでシュートまで決めた。


 前半17分、スコアは3-0となった。

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