6月2日 13:05 総体県予選決勝会場

両チームスタメン図:https://kakuyomu.jp/users/kawanohate/news/16818093078029812753


 試合開始の13時直前、選手がグラウンドに入場する。


 選手達の後についていく陽人は、深戸学院監督・佐藤孝明に挨拶した。


「よろしくお願いします」

「あぁ、よろしく」


 佐藤は鷹揚に応じた後、真顔で言う。


「今日も新しいことをやってきそうだね?」

「そうですね。ちょっとまあ、思いついたことがありまして」


 思いついたとは言っても、単に閃いたというわけではない。準決勝からの連続性を重視したら、こういう布陣もありではないか、と思っただけだ。


 それに向いた選手は、1年生が2人というだけの話である。


「それをすぐ試すことができるのが羨ましいよ」


 佐藤が答えたところでベンチまで進んできた。そこで両サイドのベンチに別れることになり、後田、結菜、我妻、末松とともに座った。



 さすがに決勝戦ということで全員緊張気味である。特に1年生の3人にとっては初めての経験だ。


 それを解きほぐしたのは意外にも後ろにいた真田であった。


「天宮、これに勝ったら2回目の全国大会か?」

「……そうなりますね。でも、総体はテレビには映りませんよ」

「テレビはいいよ。俺が映って変なことを言うと、妻や親戚の笑いものになるから」


 真田が苦笑いして答えた。それでベンチの雰囲気が和らいでくる。


 狙ってやってくれたのか。それとも、偶々なのか。


 分からないが、陽人は内心で真田に感謝した。



 キックオフは深戸学院。


 下田と鈴木の2人がセンターサークルの中にいる。


 笛とともに、後ろに下げた。高踏イレブンが一気に前に出ていく中、一際早く詰めるのが稲城希仁だ。まっすぐに深戸学院の展開を担うと思われる谷端へと向かっていく。


 ボールを受けた中盤の坂山は谷端に出すとまずいと思ったようで、左サイドバックの倉内にパスを回す。それが乱れて颯田が取った。すぐ下にいる戎が受けて、陸平から加藤に収まる。


 深戸のもっとも警戒しているのは瑞江、次が颯田である。加藤はプレッシャーなくボールを受けて反転した。そのまま前に進んでくる。


「ドリブル注意しろ! スペース、空けるな!」


 高踏のチーム状況に詳しい谷端が味方に指示を出す。中盤の加藤のプレースタイルも熟知しているようだ。


 深戸の8番・大柄な清水が加藤の前にふさがるが。


「あっ!」


 股下にボールを通して、あっさりと抜き去った。そのまま前に進む。


「油断するんじゃねえ!」


 谷端がラインの前に飛び出して、加藤に詰める。


 加藤がそれより早く、右足にボールを乗せて浮き球のパスを出した。



 2日前の話があるので、陽人と後田は瑞江を見たが、そのタイミングで出ると思わなかったようでまだマーカーの中にいた。そこから外そうとするが、ついている満原も簡単には離さない。


「おっ?」


 しかし、パスは瑞江のところではない。


 キーパー正面のスペースに出る。宍原が一歩出て、次いで「あっ!」と叫んで一気にダッシュする。


 谷端に猛然とプレスをかけた後、一度左サイドに出た稲城が真ん中のスペースに進出していた。その稲城にきっちり合おうというボールだが。


「あぁ~」


 一歩早く、宍原がボールを取った。


「全く、油断も隙もないな」


 すぐに展開しようとするが。


「チッ、どっちもマークされている」


 狙うべき松原、下田へのコースには陸平と立神が開いている。


 一旦ボールを転がして、出どころに困って谷端に繋いだ。その谷端も簡単に両ウイングを狙えないので外に開く。


 プレスがかかって、ラインを割った。



 瑞江が加藤に声をかける。


「結構洒落たパスも出せるじゃん」


 ドリブルしまくって、出どころに困ってボールを奪われるだけかと思っていたら、瑞江と見せかけて稲城をスペースに走らせる小癪なこともできるらしい。


 しかし、加藤は「すみません」と頭を下げた。


「瑞江先輩に合わせようとしたんですが、力んで足にひっかかってしまいました」


 瑞江が「えぇー」と苦笑する。


「ミスだったのか……。でも、まあ、あのあたりでああいうパスを出せばいいから」


「はい」


 瑞江はそこまで言うと、スローインに反応した稲城に連動して、中央のスペースを消す。それに応じて加藤が谷端へのコースを消すと、そこにボールが来た。


「加藤!」


 プレスの動きから即座にゴールへの動きに切り替え、瑞江がパスを要求する。


 加藤が即座に反応して、ゴール正面にパスを送る。


 深戸サイドはボールを取られた直後で切り替えに一歩遅れた。


 パスが瑞江に通る。


 そこから左足でキーパーの届かないところに送り込む。


 陽人も後田も、何度も見た光景が繰り返される。



「加藤、今のすぐのパスは良かったな。ああいう動きがずっとできるんなら、真面目に今後もスタメンでいいんじゃないか?」


 後田が満足そうに頷く。


 陽人の見方は違った。


「今のは、多分、直前で達樹に送れなかったから、次は瑞江さんに送らないと! と思っていたんじゃないかな。プレーの速さは良かったけれど健全な意図ではない気がする……」


 結果はゴールという最良なものとはいえ、上級生の顔色を窺ってパスを出したとなると、あまり良いことではない。今後も主体性を失って、周りの要求のままパス出しするかもしれないからだ。


 一応、ハーフタイムに注意しておこうと陽人は思った。

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