6月2日 12:54 総体予選・決勝会場

 総体県予選・決勝戦当日。


 先週に引き続いて総体予選ということがあってか、客の入りは悪い。



 先週同様、藤沖はコーチの桜塚を連れてスタンドに入ったが。


「おやおや、知り合いばかりがいるじゃないか」


 スタンドの一角を見て呆れたような笑みが浮かぶ。鳴峰館の潮見と、珊内実業の野形、鉢花の沢渡と深戸を除く旧四強の監督が一列に並んでいたからだ。


「どうも……」


 対戦する時は敵ではあるが、こういう展開では同志でもある。


 昨年までは「深戸学院に勝てない同志達」であったが、今年は「高踏と深戸学院に勝てない同志達」である。


「野形先生、リーグ戦では勝てたのに惜しかったですね」


 珊内実業の野形に挨拶をすると、「とんでもない」と右手を払うような仕草をした。


「リーグ戦は代表3人もいなかったし完全にテストモード、別に負けてもいいやくらいの態度だったからな。総体予選は別物と考えていたが、予想以上だった」

「強いよなぁ」


 鳴峰館の潮見も呆れたような溜息をついた。


「深戸に負けた側としては、深戸に県代表になってもらいたい心情はあるが、第二試合を見てとてもそんな気にはなれなかった。新人戦の時より、更に差がついているような気がする」


 八強で負けた鉢花のベテラン・沢渡も弱気な様子だ。


「今年どころか来年も相手になりそうにない。正直、来年は天皇杯に行ってもらいたいくらいなんだが」


 と言って苦笑した。潮見も「確かに高踏なら」と頷く。


「高校は天皇杯から締め出されてしまいましたからね……」

「当然といえば当然ではあるが、来年の高踏なら県内の大学より強いだろう。今年だって勝てるかもしれない」


 天皇杯に参加できるのはJFL、社会人、大学から各1チーム。社会人と大学のチームの勝者とJFLとで決勝戦を行い、勝ったチームが県代表となる。


 かつては高校チームにも参加資格はあったが、過密日程などを理由に2015年から参加することができなくなった。



「というより、天宮陽人は今後どうするのかね? 何か聞いていないか?」


 潮見が同級生の藤沖に尋ねる。


「聞いてないですね。高踏はやはり進学志向ですし、天宮も基本的には地元国立大学に行きたいようですが」

「地元の国立か……。名体大に行くなら、監督はともかくコーチは確約できるはずなんだが」

「体育大学には興味ないんじゃないですかね」



 話が一段落したところでスタメンが発表される。


 深戸学院は準決勝と全く同じメンバーだ。


「4バック前の谷端と、両ウイング頼みということになるだろう。高踏のプレスをかいくぐるという点では昨年の安井より効果的とも言えそうだが、それ以外の武器が少なくなっている感は否めない」


 藤沖の評価に反対意見はない。ただ、「俺達はその深戸にも勝てんのだけどね」というような自嘲気味な笑みを潮見と野形が浮かべた。



『続きまして青のユニフォーム・高踏高校。GK、1番、鹿海優貴。DF、4番、林崎大地。9番、園口耀太。11番、立神翔馬。15番、武根駆』

「中1週間あると、メンバーも変えてこないな」


 潮見の言葉が終わらないうちにどよめきが起こる。


『MF、6番、陸平怜喜。10番、戎翔輝。18番、加藤賢也』

「お、お、お? 1年を2人出してきたぞ?」


 潮見が戸惑う。野形は戎に反応した。


「10番はリーグ戦には出ていた選手だったはずだ。これという特徴はないんだが、嫌らしいところにポジションをとる選手だった。小さいからスタミナには問題があるようだな」


 加藤については藤沖が紹介する。


「加藤はドリブラーですね。どちらかというと悪い意味のドリブラー的なところがあって、まさか深戸との試合に先発起用してくるとは思いませんでした」

『FW、5番、颯田五樹。7番、瑞江達樹。8番、稲城希仁』

「瑞江だけをマークしていると、颯田にやられてしまう。シュートは下手だが躊躇なく思い切り打ってくるから、入る時は見事に入ってしまう。深戸学院はどうするんだろうか?」


 野形の言葉に潮見が賛同する。


「準決勝のやり方を見ていると、従来の瑞江対策だけだったからな」



 藤沖は話に合わせつつも、今日も来ているだろう辻佳彰の姿を探した。


 もちろん、さすがに監督達の中に入れるのは本人も遠慮するだろうが、ちょっとした事前予想くらいは聞いておきたい。


 先週と同じ場所で、辻はカメラを設置していた。


 その隣に見慣れない少年がいる。ボールを両手で持ち、しかも二、三個ネットでぶら下げている。


 その少年に辻が話しかけていた。


「せっかくだから、ビデオ撮影でもするか? ヲタク気質だとこういうの好きだろ?」

「……」


 少年は返事をしないまま、首を横に振っている。辻も笑うだけでそれ以上勧めることはしない。


 変わった少年だなと思いつつ、藤沖は辻に挨拶する。


「やあ、調子はどうだい?」

「あ、藤沖先生、今日は見かけないなと思っていました」

「いや、あっちで負け犬達の集いがあるからね」


 と、自分達の席の方を指さした。


 辻も意味は分かったようだが、さすがに他校の先生を「負け犬達ですね」とは言えないのだろう。苦笑しているだけだ。


「この子は?」

「あぁ、来年入学予定の中学三年です。かなり内気なので」

「来年入学予定!? もう来年入学する子が決まっているの?」

「いや、彼だけですよ。しかも、必ず合格できるわけでもないですしね」

「……それでも凄いねぇ」


 藤沖は本当にそう思った。


 高踏高校は県内でも上位に入る進学校である。サッカー部だからと優遇してくれることはない。


 それでも入りたいと思っている生徒がこの時期からいる。


 総体予選やこの先の成績によって、更にその傾向に拍車がかかるかもしれない。


 鉢花の沢渡は「来年も勝てないだろう」と見ていた。それは主力3人と監督の陽人の存在を大きく見てのことだろう。


 しかし、ひょっとしたら、勝てないのは来年だけで済まないかもしれない。

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