5月31日 16:32 部室

 深戸学院との決勝戦を二日後に控えた放課後。


 陽人は、練習前に芦ケ原と鈴原に声をかけた。


「悪いんだけど、2人とも決勝戦ではベンチスタートになると思う」


 2人は共に「あぁ、そうか」と頷いて、ややあって「あれ?」という顔をした。


「ベンチなのは仕方ないが、誰を使うつもりなんだ?」


 1人は戎だろうことは共に理解している。


 しかし、もう1人の想定ができない。


「加藤を使うつもりだ」

「加藤? 大丈夫なのか?」


 2人の表情は揃って不審げなものだった。加藤というと、どうしても「あのドリブル君」というようなイメージになるのだろう。


 プレスの動き自体は良いのだが、一旦ボールを受けるとひたすらボールをこねくり回してしまう。何人かかわすのは大したものだが、かわしている間が戻る時間となってしまう結果、攻撃を遅らせているようにしか見えない。


 陽人は「分かってはいる」と同意しつつも、はっきりと答えた。


「昨日、雄大と結菜とも話をして決めたことだ」



 珊内実業との試合で、颯田が右で受けた際に、瑞江と稲城がポジションチェンジをする図式がうまく嵌った。


 これは当然深戸も見ているだろうから、颯田、瑞江ともにマークすることになるだろう。


 右の颯田、左に出た瑞江がディフェンダーを引き連れるとなると、中央の守備が薄くなる。そこを加藤のドリブルで突っついてみたいという考えだ。


 また、加藤のドリブルが不発なのは総じて低い位置からスタートしているからだ。それは本人の判断が悪いから、とも言えるのだが、一方で1年チームがまだ完全に前からの圧力とボール奪取を遂行できていない側面もある。


「高い位置で受ければ、同じドリブルでももう少し効果的になるだろう、と思う」

「なるほど。加藤がボールを取られても希仁と戎がいるから問題ないというわけか」

「そういうこと。実際にどうなるかはやってみないと分からない部分もあるが、本人の調子も良いから、一度試してみたい。明らかに不発なら、早い段階で投入することになると思う」

「……了解。しかし、深戸学院相手にそういう試験的なことをやるか?」


 2人は呆れたように笑う。


 新人戦でも4-0で勝利したように、現状では深戸学院より強いとは言える。


 ただ、それでも相手は深戸学院だ。この3年間、県内サッカーをリードしてきた存在である。


 その相手に対して、ぶっつけ本番とも言えるような方針を試すのは無謀極まりない。


「それは俺からすると逆だなぁ。先週の後半みたいな試合だと、そもそもテストにならない」


 完全に戦意を失った珊内実業のような相手にテストすると言っても、相手は戦意がないのだから参考にならない。戦意がある相手に対してやってみなければ話にならない。


「深戸学院のような相手だからこそ、新しい方法を試す絶好の機会だと思う」

「分かった。3人が決めたことなら文句はないよ」


 2人は特に文句を言うこともない。そのまま頷いて、練習へと向かっていった。



 鈴原と芦ケ原の了解を取ったので、今度は加藤と戎を呼び出した。


「明後日の深戸学院戦、基本的には2人を中盤の前で使うつもりだ」


 当然、2人とも驚く。


 もっとも、驚きの度合いは違う。戎は3週間前の珊内実業戦でスタメンに抜擢されたこともあり、「ひょっとしたら使われるかもしれない」くらいの思いはある。だから、「遂に来たか」という表情をしていた。


 一方の加藤は、「起用されるとしても終盤だけだろう」くらいの認識でいたようで、スタメンという話に完全に驚いている。


「誰か体調が悪いんですか?」


 作戦面というより、不測の事態が起きたと考えたようだ。


「いや、特にそういうことはない。先週の試合と、昨日までの体力測定値などを考えてのことだ」

「まあ、確かに最近、体調は良いですけど……。俺で大丈夫ですかね?」

「心配するな。良い面も悪い面もはっきり認識していて、そのうえで起用すると決めたわけだから。何もうまいパスを通してくれとか、見事なシュートを決めてくれと期待しているわけじゃない。普段通りのプレーをすれば良い」


 と話しているところに瑞江が通りかかった。


 直前から聞いていたようで、加藤の頭をポンと叩く。


「そんな難しいことじゃないさ。ドリブルしながら俺を探して、これ以上ドリブルできないなと思ったら、俺に出せばいい」

「はい!」



 加藤は指針を理解したようで、練習へと戻っていく。戎は特段指示がないので、これまた練習へと出て行った。


 残った瑞江に陽人が聞く。


「そんな安易に言っていいのか?」

「ま、何とかなるんじゃないの?」


 瑞江は気楽な様子で答える。


「要は、俺がメインのヘイト役になって、五樹が次のヘイトになって相手をひきつけて、そこをカトちゃんに突かせるわけだろ?」

「カトちゃん……」

「で、ドリブルでかわしてパス出せるなら、それは俺にとってアシストパスになるだろうし、あいつがパスミスしたら、希仁やら戎が取り直しに行けばいいだけ、ってことだ。あいつの良くないところはドリブルに意識が傾きすぎて周囲の意識が薄くなることだ。ただ、周囲を見る余裕がなくても俺だけ探していればかわしてパスくらいは出せるだろう」

「まあ、そうだな……」

「別に五樹が得点王でもいいけど、俺も決められるなら決めたいものだし、加藤がやりやすくなって、俺のゴールが増えるかもしれないなら言うことなし。陽人的にも問題ないだろ?」

「ないね。明後日は任せた」

「おう、任された」


 瑞江はそう言って笑い、陽人もつられて笑った。

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