5月26日 15:55 総体県予選・準決勝会場
後半15分までにスコアは5-0となった。
「珊内実業側は半分諦めてしまったか」
厳しい点差であるが、それ以上に珊内実業の側に「今日はもう無理だ」というムードが流れている。サボっているわけではないが、どこか気が抜けたようにボールを追いかけている。
そうした状況を察知したのか、高踏も無理して攻めることがなくなった。
「半年前の選手権予選を思い出すなぁ」
前半でほぼ試合が決まってしまい、後半はほぼ流しモード。観戦していても得るものはほとんどない、という試合だ。
「……ただ、陸平と戎を交えて、何をしようとしていたのかくらいは見せてほしいけれど」
準備運動をしているのは14番、司城蒼佑のみである。スーパーサブとして用意されている戸狩もベンチに座ったままだ。その隣に、この大会では10番をつけることになった戎がいる。
「この点差だと戸狩も出番なしかな」
高踏ベンチでは、陽人と後田が腕組みをしていた。
「安全圏に入ると、心理的には楽だが、残り時間の使い方が難しいなぁ」
試すつもりのことは他にもあったが、相手は既に戦う気を失っている。そんな相手に試してみてもあまり有意義とはいえない。あまり変なことをすると、相手が「馬鹿にしているのか」とラフプレーに訴えかけてくる危険性もある。
こういう試合こそ、浅川のようなチームに馴染めていない者を起用したいところだがベンチ入りしていないから無理な相談である。
「……と言って、県予選は勝てそうだからサブを沢山入れるのも態度として問題だしな」
「司城にリベンジの機会を与えたら?」
後田の言葉に、陽人は「そうだなぁ」と煮え切らない答えをした。
「それもこれだけ点差がつくとやりづらいような気もするが」
試合前に「ベンチに入れない選手もいるのだから、個人的なリベンジの機会より、チームの勝敗が大切だ」と言った。
既にチームの勝敗は問題ない。だから、個人の機会を与えても良さそうではある。ただ、それもこの点差だと意味があるのかどうか。
ひとまず、陽人は司城を呼んだ。
「出るか?」
司城は頭をかいた。
「ムキになって点を取りに行く状況じゃないですし、この状態の相手から点を取っても、リベンジも何もないですよね」
「俺もそう思う。じゃあ、やめておくか?」
「あ、でも、陸平さんの代わりとかなら」
「怜喜の?」
瑞江、立神、陸平を外してしまおうということのようだ。
「代表選手ですしね。勝敗が分かったのにプレーさせるのも良くないんじゃないですか?」
「プレーさせるのが良くないとは言わないが……」
確かに残り時間で少しでも有意義なものを見出すとすれば、主力の3人抜きの状態を試すことくらいだろう。
後半20分、高踏は3枚交代を敢行する。
スタンドにいる者が一斉に驚きの声をあげた。藤沖と辻も例外ではない。
「あらま、瑞江、立神、陸平を下げるのか」
「……3人抜きで残り時間、どのくらいできるのかというテストですかね」
瑞江のところに戸狩、陸平の位置に司城、立神は神津との交代だ。
同じタイミングで珊内実業はツートップを揃って交代させた。
代わって入った選手達を中心に「3人がいない高踏相手なら1点でも2点でも返さなければ」と再び意欲に火がついたようだ。シンプルなロングボール主体だが、珊内実業サイドの動きが活発になっていく。
「ダレる一方の試合に、再び活が入った感じだね。残り時間はビールでも飲もうかと思っていたけれど」
「売店やっているんですか?」
辻が周囲を見渡した。
選手権予選と異なり、総体予選の試合を見に来る客はそう多くはない。1万人は入る会場であるが、来場しているのは1000人もいないだろう。この来場者で売店を開けるのは不採算であるから、閉まっているのではないか。
「開いてないか」
「そう思いますよ」
2人がのんびり話しているうちに、展開ものんびりとしたものに戻っていく。
交代直後こそ必死に走る珊内実業だが、展開が単調なので崩すには至らない。
「サイドアタッカーが下田や松原並なら可能性が出て来るのだけど」
右サイドバックに入った神津洋典は立神のような破格の身体能力は持ち合わせていないが、ジュニアユースでプレーしていただけのことはあり、基礎がしっかりしている。並の選手、しかも疲労がたまってきている選手が簡単にかわせるような存在ではなく、逆にボールを奪い返して颯田へと繋ぐ。
颯田が、2回連続シュートを打つと、それまでの展開もあって、「やっぱり無理か」という空気に戻ってしまった。
高踏も、安全圏のリードなので無理に点を取りに行くことはない。
試合は再び淡々とした、ビールでも飲みたいようなテンポに落ちていく。
最終スコアは5-0。
決勝戦は大方の予想通り、高踏対深戸学院となった。
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