5月26日 15:28 総体県予選・準決勝会場

 前半が終わって4-0。


「やはり主力が揃うと完成度が違うな……」


 まだ新年度が始まって一か月半。


 もちろん、新人戦の頃から新チームの運営を続けてはいるが、それでもまだ四か月である。


 一方、高踏はチームの入れ替わりが全くない。全国ベスト4のチームがそのまま残っている。そこに有望な新一年が加わったという状況だ。


「さっきの深戸と鳴峰館の試合を見ても、高踏にはとても勝てそうにないなぁ」


 決勝戦は来週である。休養が少なければ陽人は別のチームを選ぶ可能性もあるが、一週間の休養なら当然同じチームを出してくるだろう。


「佐藤さんもこの試合を見ているだろうが……」


 藤沖はキョロキョロと周囲を見渡しているが、佐藤の姿はないようだ。


 とはいえ、先程試合を終えたばかりの選手達は別として、監督やコーチは視察をしているだろう。


「打つ手なしって考えているんじゃないかな」

「でも、谷端さんを散らし役にしてサイドを徹底するというやり方は悪くないと思いますけれど」

「悪くはないけど……、一試合もたないと思うけどね。去年もそうだが、下田と松原のレギュラー組はもちろん脅威だろうけれど、それが下がればねぇ」

「まあ、確かに……」


 先ほどの試合と、今の前半を見た限りだと、決勝戦もそう苦しむとは思えない。


 もちろん、油断は禁物だ。相手の戦術が完全に嵌ってしまえば、実力差を覆しうるということは、この正月に自分達が実感してきたことである。


 とはいえ、そういう展開にならない限りは普通に実力勝ちできそうに思えてしまう。



 ハーフタイムが終わりに近づき、両チームの選手達が出て来た。


 珊内実業サイドは全員足が重そうだ。既に絶望的な点差をつけられているのだから無理もないだろう。


 一方、リードしている高踏は当然足取りが軽いが。


「おや?」


 藤沖が声をあげた。


 陽人が瑞江と稲城、更には戎と陸平を交えて何か話をしている。


「珍しいですね。天宮さんがあんなところで話をしているなんて」


 辻も意外そうに様子を見ている。


 無理もない話だ。陽人が選手にあれこれ指示を出すのは、ベンチか控室である。今のようにハーフタイムが終わって試合再開を待つ途中で何人か止めて話をするということは過去になかった。


「何か急に閃いたのかな?」

「閃いたとしても、急に呼び留めますかね?」


 陽人が時々何かメモをしている様子は見る。試合中に全く関係ない場面や新しい練習方法を思いつくことは普通にあるらしい。


「4点勝っているから、後半すぐに試してみるということなんですかね……」


 リードが大きいから、思いつきをとりあえずやってみる。


 本当にそうだとしたら、少し軽いのではないかと思ったが、実際に何を説明しているかは分からない。憶測だけで色々考えていても仕方がない。後半を見るしかないだろう。



 後半開始時点でのメンバー交代はない。


「さっき、陸平さんだけでなく戎もいたのが気になりますね」


 司城蒼佑と戎翔輝は比較的起用がありえるメンバーではある。


 ただ、後半開始から投入するわけでもない戎に、何の話をしていたのか。


 それは別として、瑞江と稲城については早くも意図が見えた。


「おっ、辻君、今のを見たかい?」


 藤沖が言ったのは後半2分、ハットトリックを狙った颯田が思い切りシュートを浮かしてしまった直後だ。


「何かありましたか?」

「颯田にボールが出た時点で、2人の位置が変わっていた」

「瑞江さんと稲城さんがポジションチェンジを?」


 注意して見ていると、2分後に再び颯田にボールが入った。


 確かに颯田にボールが出そうな場面で2人が交差してポジションを変えている。瑞江が左サイド、稲城が中央だ。


「颯田がシュートを打つ場合、外に外すケースが多いけれど、キーパーやポストに当たって残った場合反応速度の高い稲城が中にいた方がいい。大きく跳ね返って、二次攻撃をする場合には、瑞江を左サイドに開かせてそこを起点にする、ということだろう」


 リードが広がっているとはいえ、瑞江には複数のマークがついている。彼が左サイド側に移動すれば、マーカーは中央のスペースを塞ぎ続けるべきか、瑞江についていくべきか、迷うことになる。場合によっては、そこに間隙ができる。


 颯田のシュートが跳ね返って立神が拾った。そこでマーカーが瑞江の位置に気づいて左へ移動する。


 その空いたスペースに芦ケ原が入ってきた。立神からパスを受けた鈴原がそこに送り込む。


 芦ケ原のシュートはキーパー正面を突いてしまいキャッチされた。



 次の時点、すなわちゴールキーパーがボールを蹴り出した時点では瑞江と稲城の位置は元に戻っていた。


「どうやら、状況に応じたポジションチェンジを何パターンか思いついたんだろうな」

「ある局面に入った時にポジションチェンジのスイッチを入れるわけですね」

「ノーマル状態でも対応策が完全ではないのに、更に状況によってポジションが変わるとなると、これはみんな掴むのが大変だろうな……って、他人事のように言っている場合じゃないけど」


 藤沖もメモをとる。


「こんな感じのパターンをどんどん増やしていくのかなぁ。こういう形で進化していかれると追いかける方は大変だ」


 藤沖は泣き言めいた呟きをした。


 後々、そんな程度では済まないことを思い知らされることになるが、現時点ではまだ、余裕がある。

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