5月26日 13:42 総体県予選・準決勝会場
後半のスタートは、両チームともメンバー交代がない。
ということは展開も似た通りである。
「鳴峰館は何か変えないと苦しそうですが、できないんですかね?」
「そうかもしれない。このあたりは高校サッカーの宿命ではあるね」
毎年主力が大勢卒業していき、チームの力がどうしても上下する。
補填できるだけの戦力が一、二年にいれば良いがそうそう同じような質の選手がい続けるということはない。
現在の鳴峰館で言うならば、昨年のエースだったイ・サンホの穴を埋め切れていない。そこが戦術の中心だっただけに、特に大きな穴として見える。
一方の深戸学院は、この試合に関してはあまり気にならない。最大の懸案だった司令塔安井の卒業は、より後方から谷端が展開するという方法で解決されている。
最後方までプレスに行くのは、さすがの高踏も容易ではない。むしろこの方が脅威ではないかと辻は感じていた。
「しかし、決められませんね」
決定的な差を感じるほど、両チームの出来には差がある。
しかし、スコアは1-0だ。両ウイングと中央の鈴木との関係がこの試合に関しては数十センチずれている。
「中々決まらないと疲れてくるしねぇ。深戸学院のウイングは負担が大きいから、そろそろきついんじゃないだろうか」
藤沖が時計を見た。
昨年の深戸学院との準決勝を思い出す。前半は両ウイングに苦戦していたが、運動量の大きさゆえに2人とも最後までは続かなかった。結果、終盤一気の逆転ができた。
「高踏が相手だとより走らされる時間も増えるだろうし、今日ほど余裕は持てないだろう。下田と松原の2人が何分プレーできるかもカギになる」
たわいのない言葉だが、藤沖は既に高踏と深戸学院が決勝で対決することを想定しているようだ。
後半19分、スコアは引き続き1-0のままだ。
鳴峰館は遂に阪井を下げて、木田大助を投入した。去年の高踏との試合でも出ていた選手だが、体格はそれほど大きくない。ただし、体格に自信がない分、中央で踏みとどまろうとも思わないようだ。両サイドに開いてボールを受ける。
サイドに移動してしまうと、谷端も追っていけない。多少窮屈ではあるがボールが収まる。前半からここまで、全くなかった形だ。
鳴峰館のリズムが少し良くなった。そこで深戸学院の佐藤も動く。前線を二枚変えるようだ。
「おっ? 随分と大きいのが出て来たな」
藤沖が驚いたように、代わって入った竹内豪太は両チームでも一番大きそうに見える。鹿海と同じくらいありそうだ。
その竹内がCFの位置に入って、CFだった鈴木楊斌が右に回った。左は松原が前田純希に交代する。
注目はどうしても190センチを超えているだろう竹内になる。
しかし、プレーが始まると、期待は落胆に変わる。
「遅いですね」
「遅いね」
竹内は前線をのっそのっそと大型草食動物のように動いている。ストライドが長いため、見た目ほど破滅的なスピードではないようだが、どれだけ良く見ても「速い」とはとても言えない。
「体格での期待枠というところだろうね。本格化はまだまだで、来年再来年くらい見据えている感じに見える」
藤沖の言う通りで、この遅さを改善しない限り戦力になりそうにない。もちろん高さは武器ではあるが、昨年、陸平は海老塚の河西を相手にしてもあまり苦しんでいなかった。この竹内に苦しむとはちょっと思えない。
ただし、形は持っている。
「ほぉ」
高さに目が行くが、むしろグラウンダーのボールを収めた時の方がスムーズだ。長い足を伸ばしてキープをし、ラインの後ろにボールを落とす。
鳴峰館の守備陣も上下動を繰り返していたし、下田と松原に何度も突かれていた。疲労と油断か、竹内のスルーパスを通してしまい、鈴木が独走して追加点をゲットする。
「これで決まりかな」
「鳴峰館は打つ手がないみたいですね」
2点差になっても、鳴峰館は抜本的な方針変更はしてこない。してこないのではなく、できないのであろう。
「今年の2年と3年の中にはいい選手がいないということだろうね。逆に言うと、夏を過ぎると新1年が主力に増えてくるかもしれない」
新1年生はまだ入学して2か月にも満たない。
この時点でいきなり救世主的な働きを期待するのは無理だ。
しかし、夏休みを越えてくると、戦力として定着してくる。
「やっぱりそんなものですよね」
1年がいきなりというのは難しい。
「そうだね。もちろん、高踏の司城蒼佑のような元々評判の高い選手なら別なのかもしれないけど」
「はい。蒼佑は悪くないですね。ただ……」
辻が頭に思い浮かべたのは古い付き合いでもある浅川光琴のことだ。
兵庫県下で活躍し、10番もつけている彼であるが、ここまでのところ高踏高校の戦術との間に整合性を見いだせていない。この総体予選でもメンバー外となってしまい、本人は少なからずショックを受けているようだ。
(そんなに甘いものではない、と言いたいけれども……)
そう言いづらいのは司城はもちろん、戎や加藤といった1年もメンバー入りしていることである。中学では県下ナンバーワンとも呼ばれていただけにほとんど無名な加藤より下という扱いは悔しいだろう。
そして、浅川のようなスタイルなら、案外深戸学院でシンプルにやらせた方が向いているのではないか、とも思えてくる。
竹内がのんびり(やっているように見える)プレーしている姿を見て、辻は知らず唇を尖らせていた。
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