5月26日 12:46 総体県予選・準決勝会場

 総体県予選の準決勝は同一会場での連戦となる。


 第一試合が深戸学院と鳴峰館の試合、第二試合が高踏と珊内実業だ。



 高踏の選手団は当然試合に備えているが、辻佳彰とスタンド組はそうではない。偵察を兼ねて撮影に来ている。


 もっとも、スタンド組と言っても登録から外れた選手達は会場には来ていない。


 外れて悔しい思いをしている時に、わざわざ観戦を強制する必要もない。それでも観戦してモチベーションを高めるか、練習するか、勉強するか、好きにすれば良いということで自由行動と設定している。


 結果として全員が学校のグラウンドに残った。そのため、今、ここにいるのは撮影要員のみだ。辻を除いたら、卯月亜衣、高梨百合に1年女子が3人。


「おー、女の子に囲まれて羨ましいね。辻君」


 配置を指示していると後ろから冷やかしの声が飛んだ。ムッとして振り返り、相手を確認して苦笑する。


「藤沖先生、偵察ですか?」


 樫谷高校監督の藤沖亮介であった。横に1人、コーチらしい人物がついている。


「まあね。地道にチェックしないことにはウチみたいなところは中々食い下がることもできない」

「確かに、樫谷にとっては今日出るチームを倒さないことには上に行けないものですね」

「そういうこと。ま、それが分かっていても、それができないという状態が何年も続いているんだけどね」


 そうしたら、全くノーマークの伏兵が簡単に乗り越えていったし。藤沖は自嘲気味に笑う。


 程なく、第一試合のスタメンが発表される。



 深戸学院(監督:佐藤孝明)

 GK①宍原

 DF④満原、②河端、⑤谷端、③森、⑳倉内

 MF⑪坂山、⑧清水

 FW⑨鈴木、⑬松原、⑩下田


 鳴峰館(監督:潮見徹)

 GK⑯醍醐

 DF③桑野、⑤大沢、⑰鈴木、⑮岩立

 MF④梶野、⑧許田、⑩大木、⑭久地

 FW⑨冨士谷、⑳阪井



「深戸学院は5-2-3なんですかね?」


 辻は発表された布陣に首を傾げた。


 深戸学院はDF登録が5人でMFが2人。守備的な布陣で5-3-2というのはたまにあるが、5-2-3というのは珍しい。ディフェンスラインと前線が分離されるのを厭わない雰囲気に見える。


「どうだろうね。発表はそうでも実際には違うんじゃないだろうか?」


 これまでの試合を見ていないから分からないけどね。藤沖はそう留保しつつ。


「とはいえ、佐藤さんはこの数年4-3-3の布陣が鉄板だった。仮に発表だけだとしても変えてきたというのは……この試合というより、その先を見据えているのだろうね」

「……でしょうね」


 もちろん、その先というものが自分達高踏高校であることを辻は理解している。


 負けが許されるリーグ戦以外では、数年ぶりに県内で敗北を喫した相手なのであるから。



 試合が始まった。


 鳴峰館の戦いぶりは昨年と変わりがない。昨年は韓国人選手のイ・サンホというフィジカルの強い選手がいたが、今年、それは阪井基也に変わっているようだ。


 対する深戸学院は。


「4バックの前に谷端さんがいますね。やはり4-3-3でしょうか」


 DF登録の谷端だが、ディフェンスラインの少し前に位置している。それを見た限りでは中盤の底で守備のバランス取り……アンカーの役割を託されたのかと思ったが。


「いや、そうでもないようだ」


 谷端のポジションは一定しない。状況に応じて、頻繁に守備ラインの後ろに下がる。


 役割が分かったのは、深戸学院がボール奪取をした後だ。谷端がボールを受けて、すぐに右に展開するし、13番をつける松原が下がってきてフリーで受けた。


「なるほどな」

「何か分かります?」

「去年、深戸学院には安井という中盤の底からパスを散らす選手がいた」

「いましたね」


 昨年の深戸学院では一番の主力選手だったから、よく覚えている。


「ただ、高踏は高い位置からプレスをかけてくるから、安井のポジションでも中々良い形でボールが持てない。だから、今年はもっと下げた位置から(谷端)篤志に展開させることにしたんじゃないかな」

「あぁ、なるほど」


 確かに谷端の位置は昨年の安井よりもかなり深い。場合によってはエリア内から展開している。


「3トップのうち、松原か下田のどちらかが下がって受ける。鈴木ともう1人が前線に残り、そこに出して2人で完結させようという形だ。もちろん前にスペースがあれば、最初の受け手が速さで振り切る手もあるのだろう」

「相変わらずウイングが酷使される戦術ですね」


 エースである下田はもちろん、松原も中々能力は高いようだ。だから効果的ではあるのだが、上下動することに加えて、2人目のFWとしての動きも要求されることになる。1.5人分の仕事が要求されるのだから大変だ。


「ただ、高踏の早い展開に対応するには、より早い位置から仕掛けるしかないわけで、これは一つの手ではある。鳴峰館はその点ではちょっと工夫がない感じだね」


 鳴峰館は昨年同様に、小柄な醍醐がGKだ。それに伴い、全体的に高いラインを敷いている。


 キープ時間を長くして阪井にボールを当てる回数を増やそうとしているが、昨年と同じ戦術で読まれやすいうえに、しかも阪井はイ・サンホと比較するとやや見劣りする。


 おまけに谷端というフリーロールがいるのだから、そこに回収され放題だ。ボールが収まらないし、プレスも次第に読まれ始めてかわされるシーンが増えてくる。


 20分を過ぎると、下田と松原が積極的に仕掛ける機会が増えてきた。折り返しが合わずに点こそ入らないが、ほぼ一方的に深戸学院が攻める展開となってくる。


 その波状攻撃が終了間際に実を結んだ。松原の突破からに鈴木が合わせて先制点が入った。


「下田も凄いけど、松原も侮れないねぇ。佐藤さんはああいう選手を見つけてくるのがうまい」



 得点後程なく前半が終了した。


 1-0だが、内容は完全に深戸学院だ。


「選手権予選では鳴峰館のブロックに入りたいなぁ」


 藤沖がメモをとりながら言う。


 鳴峰館は与しやすしと見たようだ。

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