5月20日 17:30 部室

 草山紫月もその後二時間ほどで帰り、夕方、部室にはスタッフの中心メンバー7人が集まる。


 すなわち、天宮陽人、後田雄大、天宮結菜、我妻彩夏、辻佳彰、末松至輝、卯月亜衣の7人である。


 ただし、ベンチ入りできる役員は5名なので、辻と卯月が外れることになる。辻には引き続き撮影を任せるためで、卯月と高梨もこれを手伝うことになる。


「さて、色々バタバタしていたが、来週から始まる総体予選に向けて準備しないといけない」


 前日の準々決勝では珊内実業が樫谷を2-1で破っている。


 準決勝の対戦相手は珊内実業、勝てば決勝では深戸学院-鳴峰館の勝者と戦うことになる。


「珊内実業には先週負けている。もちろん、あの試合には達樹、翔馬、怜喜がいなかったからだが、そろそろ相手も新体制が固まってきて、こちらのことを研究してくるだろう。簡単な相手ではないと思う」

「こちらはようやくみんなが馴染んできたってくらいだけどね」


 結菜が苦笑する。


 高踏の戦い方は「まずボール、次にスペース、そのうえでゴールを目指す」という優先順位があり、そのためにはフォーメーションが多少乱れることも厭わない。今まで、きちんとした戦いをしてきた新入生はまず意識改革をしなければならない。それがようやく終わったか、という状況であった。



 ただし、チームを取り巻く雰囲気は昨年と明らかに違う。


 それは「エースの個人能力はこちらが上だ」と自信が持てているところだ。昨年は「3人の能力は通用するだろう」と思っていたが、実際には想像以上で、そこから半年を経て代表も経験している今、自信という点は大きくなっている。


「もっとも、これも過信しすぎると危険で、逆に通用しない時に『こんなはずではない』と余計な焦りを抱え込むことになる」


 昨季は「相手の方が上だ」と思って、思い切りぶつかれた面がある。


 今季、「こちらの方が上だ」と思うと、思い切りの良さがなくなる可能性がある。


「その弛緩を避けるためにはベンチがしっかりしないといけない。ベンチが怖いから思い切りやるしかないという風に持っていく必要がある。もっとも何でもかんでも威圧的に振る舞えば、選手は萎縮するから難しいんだが」

「いわゆる昭和の体育会系指揮官ってやつね」


 と答える結菜であるが、平成後半生まれであるだけに実体は分かっていないだろう。


 パワハラも交えた強権指導のある種の象徴的なフレーズとして”昭和の体育会系指揮官”という言葉を使っているところはある。


「そうだな。結局のところ去年も言ってきたように、ミスは構わない。ただ、やらなければいけないことをサボることは見咎めないといけないし、去年以上にチェックして指摘しないといけない。そういう点では色々大変だが、頑張っていくしかない」


 自信がつけばつくほど、初心から離れていってしまう。


 そうではない、ということを示すためにはやってはいけないミスを細かく指摘する必要があるし、それでも直さないのであれば序列の変更という手を取るしかなくなる。そうしなければ緊張感が弛緩して自滅していくことになる。


 理想は相手よりベンチにいる監督の方が怖い、という状況なのだろう。


 しかし、それは陽人の性格的に無理である。しかし、無理だからと見過ごしていたらチームが弱くなる可能性もある。できる方向で厳しさを見せていく必要がある。



「幸い、1年女子が6人、目を皿のようにして見てくれるからね」


 30人以上入ってきた1年女子は13人まで減っていた。特に厳しく扱ったわけではないが、やはり自分が想像していたものとは違ったということらしい。


 無理もない話である。「私の高校のサッカー選手はカッコいい」と思って入ってきたのに、「そいつらがミスしていると思う場面をどんどんあげてくれ」と言われたら、誰だって「話が違う」ということになるだろう。


 一方、残っている者は段々とサッカーそのものを面白く感じてきているように見えた。更に入部するまでサッカーそのものにあまり詳しくなかった者が多い。変に知識がない分、先入観なく「この人はいつもと違うことをしている」という部分を指摘することができるのだろう。



「特にトーナメント式の戦いだと、そういうところはしっかり見ないとすぐにチームが下降線に向かいかねないということは意識しておいてほしい」

「分かった」


 後田を皮切りに全員が頷いた。


「で、メンバーはどうする? 10人はほぼ確定なんだろうけれど」


 この前、スタッフで話をしたように、鹿海、園口、林崎、武根、立神、陸平、鈴原、稲城、瑞江、颯田の10人は確定である。残っているのは中盤の一ポジションで、昨年までは芦ケ原だったが、戎と司城の2人も捨てがたい。


 芦ケ原隆義は繋ぎを無難にこなし、2列目からの飛び出しに特色のあるアタッカーだ。


 それを更に攻撃的にしたのが司城となる。抜け出しのセンスは芦ケ原ほどではないが自らドリブル、パスで局面を変えることができる。


 それと比較すると戎は、本人によってゴールがもたらされるわけではない。ただ、全体のバランスを前に傾けても維持できるセンスがもたらされる。


 3人3色という様相だ。


「好みで言うと、チームの積極性を引き出せる戎なんだが、珊内実業戦に関しては余程調子が悪くない限りは隆義で行きたいかな。トーナメント式の戦いの最初だし、基本的には昨季のメンバーを尊重したい」

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