5月20日 15:11 グラウンド

「悪くないんじゃない?」


 20分の紅白戦を終えて、結菜が言う。


「さすがにもっと鍛えないといけないし、プレーに慣れないといけないけどね」


 その通りで、体力面ではまだまだで20分の紅白戦でもバテバテになっている。


 圧力が強まると、さすがに対抗できないし、相手がボールを持っているときの動きは全くできない。もっとも、戦術的な動きができないのは当然であるが。


「とりあえず、これから数か月で60分は走れるようになってもらいたいわね」


 結菜の指示に、草山は無言のままコクコクと頷いている。



「……口下手だという話ですからチーム内でこんな感じなのは仕方ないですけど、何も言わないと審判との関係で問題かもしれませんね。ファウルとかされた時大丈夫なんでしょうか?」


 結菜が佐久間に問いかけた。


 ファウルをしたり、されたりした時に、審判に無言のままだと心証が悪くなる可能性がある。


 また、無口な選手の中にはいきなり感情を爆発させて、一気にレッドカードをもらうようなプレーをすることもある。


「……そういうのは考えたことないわね。小学校の時は、そこまで変なことはなかったと思うけど」


 佐久間は弟に「どうなの?」と問いかけるが、草山は「分からない」とばかりに横に首を振った。


「……とりあえず極端に怒りっぽいとかそういうことはなさそうだけど」

「……分かりました」


 結菜の言葉を受けて、陽人が結論を出す。


「練習に出たいというのはもちろん構いませんが、不登校だから時間があるということでずっといられるのも困ります。あと、体力不足と戦術不足がかなりのものなので、現状全体トレーニングでは観察にとどめてもらい、もう少し体力がついてから参加することになりますね」


 ただし、これについては心配していないとも付け加える。


「経歴からすると体力がある方がおかしいし、ウチに協力してくれている大溝さんはプロのトレイナーだから成長に邪魔しない範囲でのトレーニング方法を教えてくれるはずです。戦術練習については視聴覚室で見てもらうことになりますね。追い込むイメージ、ボールを持っている時のイメージなどを持ってもらいたいですね」

「ということよ、分かった?」

「……うん」


 おっ、と全員が目を向けた。


 一言だけとはいえ、言葉を発したからである。



 陽人は草山を部室内の視聴覚室に連れていった。


「大体は末松と聖恵の2人がいるから、何か分からないことがあったら、聞いてくれれば……、何らかの形で聞いてくれればいい」


 前者は病気のため、後者は成長痛でトレーニング制限があるために練習に参加できていない。そのため、支障のない程度のトレーニング以外では戦術のチェックなどが主となる。


「あとは部員のプレーをまとめたものもあるので、どういうプレーをするのか確認するのもいいかもしれません」

「色々まとめているのね」


 佐久間が感心する。


「目一杯体を動かせる時間は限られていて、それ以上やるとオーバートレーニングになる可能性がありますからね」


 サッカーの試合はもちろん、練習もかなりハードである。


 酷使されて損耗した体が回復するよりも早く、再度のトレーニングをすればトレーニングをすればするほど体が損耗していき、パフォーマンスが落ちていくことになる。「早く成果を出したい」と焦る者が陥りがちな罠だ。


「だから、体を動かさない時間はこっち方面のトレーニングをするしかないですね。頭のオーバートレーニングは多分ないと思うので」


 陽人はそう言いかけて、「あ、違いますね」と訂正する。


「それでも睡眠時間が少ないと、脳が情報を整理しきれずに定着しないらしいですから、睡眠はとらないといけないようですけれど」

「勉強とサッカーを両立させないといけないし、睡眠時間も取らないといけない。大変ねぇ」

「慣れるとそうでもないですけどね」


 むしろ、時間がたっぷりあると切り替えができなくて、やりづらいのではないか。それで余計なことをやってしまい、むしろそっちが主となってしまってコントロールが効かなくなることもある。


 時間ギリギリだからちょうどいいのではないか。特に色々な時間つぶし手段……下手すると本来やらなければいけないことがある時間まで奪いかねないもの……が多いこの時代には。


 そう思う時もある。



 最後に草山の住所を確認した。


「この山を下りたところにあるマンションの5階を借りたわ」

「えっ? すぐ近くじゃないですか?」


 仮に入学したのなら、学校の敷地まで徒歩一分の距離だ。どうやら本気でここに来るつもりらしいことが伺える。


「だから、送り迎えはいらないわ。時間を指定してくれれば勝手に来て、勝手に帰るから」

「分かりました」

「ということで、弟をよろしくね。私はこの後、東京に戻って仕事しないといけないから」


 佐久間はそう言うと、草山に一言声をかけて、そのまま車に乗りこんだ。


 来た時と同じように、あっという間に去っていった。

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