5月20日 14:37 グラウンド

「練習ですか?」

「単純に、早いうちから戦術を理解しておきたいというのもあるし、あと、紫月は他の人より環境に馴染むのに時間がかかるからね」

「うーん……」


 確かに早めに馴染めるというのはある。


 もっとも、中学に関しては不登校なのに高校の部活に参加しているというのは良いのか、更には負傷などした時の責任問題なども出て来る。


「……さすがに僕1人で決めるのはできませんね」


 陽人は2人を待たせると、グラウンドへと向かった。



 グラウンドに出たところで結菜が近づいてきた。


「兄さん、さっき佐久間サラと一緒にいたのは弟?」


 めざとく見つけていたらしい。


「もしかして転校してくるんですか?」


 我妻も目を輝かせて聞いてくる。ひょっとしたら佐久間サラも来るのではないか、という期待があるのかもしれない。


「今すぐ転校だったら問題ないんだけどさ、来年入学したいということなんだよね」

「来年?」


 目を丸くする2人に、簡単に経緯を説明する。


「……ということで、時間のある時には練習に参加したいんだって」

「別にいいんじゃない?」


 結菜はあっさりと了承した。


「戦術を理解するのには時間がかかるから、今のうちから慣れると有利だしね。中高一貫でやっているチームも多いけど早いうちから一緒にやれるのは良いと思うわよ。一年の方でやらせてみようか?」

「そうは言うけど、色々決まりなどに抵触するかもしれないし」

「……え、そうなの? でも、私立はセレクションまでやっているでしょ。練習くらいでウダウダ言われるの? そんな毎日来るわけでもないんでしょ? ま、その辺りはよく分からないけどとりあえず一回なら問題ないでしょ。これから紅白戦するから連れてきて」

「分かった」


 一年を担当している側が賛成するのなら、ひとまず参加させてみるしかないだろう。


 陽人は部室に戻り、佐久間に伝える。


「とりあえず一回、練習に出てもらえます?」

「分かったわ。紫月、行ってきなさい」


 姉の言葉に草山が頷いて立ち上がる。ボールを両手で抱えて、何かつぶやきながら入り口に向かう。


(やりづらいなぁ……)


 陽人は頭をかきながら、グラウンドへ連れていく。



 グラウンドに戻ると、2年組も練習を中断していた。


「あれが佐久間サラの弟?」


 陸平が小声で聞いてくる。


「あぁ、ちょっと変わっているけど」



 結菜と後田が話をして、1年チームとBチームとで紅白戦となった。


 ただし、そのままだとBチームがかなり有利なので、今日からいない南羽のところは埋めない。


 最初から11対10という形での試合だ。


 ただ、全員の関心は、突然やってきた中学3年にある。


 なので、試合が始まると1年組の中盤・弦本が早速草山にパスを出した。



「お、面白いシチュエーション」


 陽人の隣で陸平がつぶやいた。


 ボールが草山に回ったが、久村がチェックにかかる。判断スピード、プレー判断を問うには格好の状況だ。かわしにかかるのか、無難に横に繋ぐのか、もっと安全に後ろに下がるのか。トラップはどうするのか。


 草山が左足を振った。


「えぇっ?」


 陸平を皮切りに、全員が叫ぶ。


 3列目のラインからいきなり最終ラインを狙う絶好のパスが飛んだ……が、ターゲットとなる浅川が「まさか」という様子で振り返っていた。ボールはそのまま須貝のところまで流れる。



「……何、今の? ダイレクトでパス出したの?」


 陸平が彼らしくもなく驚いている。弦本からのパスは矢のような、ということはないがかなりのスピードがあるパスだ。微かに跳ねてもいた。普通なら、トラップしてパス、という流れである。


 ところが草山はトラップせずにいきなりパスを出した。だから、受けるべき浅川が反応できなかった。トラップするだろうと思ってまだ横に走っていたからである。


 俺が悪かった、いいパスだったとばかりに浅川が手をあげて、サムアップを見せる。



 陽人も首を傾げる。


「今、ボールの方から草山の足に向かっていったような……」


 草山はボールとは少しズレたところを蹴ったように見えた。ところが最後のバウンドで、ボールが草山の足を目掛けて跳ねた。そんな風に見えた。



 これは面白いとばかりに弦本がもう一度パスを出した。


 性格が悪い。トラップしなければいけないような鋭いパスだ。


 草山はボールに向かって動き、またも直接にパスを出す。


「おぉぉーっ?」


 またも浅川の前にボールが飛んだが、今度はしっかり反応していた。独走して受けてそのままシュートを決めた。


 陸平が唸る。


「これはやばいね。パス自体はちょっとズレていたけど、トラップを省略してパス出してくるからディフェンダーが反応できないよ。こういうのを天性のパッサーって言うのかな?」

「いや、パスだけでなくて、深い位置ならトラップ抜きのドリブルでかわすこともできそうだが、これはあいつの能力なのか?」

「そうじゃないの? 当たり前のように蹴っているし彼はボールの軌道が見えるんじゃないかな」

「……」



 誰とも話さず、ボールと語っているばかり、という佐久間の言葉が思い浮かぶ。


(まさかなぁ……)


 もしかしたらボールも草山に語り掛けているのでは……。


 一瞬、そんなことを考えかけて陽人は頭を横に振る。


 そんなはずはない。そんなことがあるとすれば完全なオカルトだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る