インターハイ予選

5月19日 14:40 豊田市内・スタジアム

 5月第3週、高踏高校をはじめ、多くのチームは試合がない。


 ただし、県のスケジュールに日程がないわけではない。


 この日、県内ではインターハイ予選の準々決勝三試合が開催されていた。


 準々決勝なのに三試合なのは、新人戦で勝利した高踏は準決勝までシードされているからである。



 この日、末松至輝と辻佳彰は豊田市内のグラウンドにいた。


 目的は樫谷と珊内実業の試合を偵察だ。この勝者が準決勝で高踏と対戦する。


 両校とも近いタイミングで試合をしている。樫谷とは先月末に練習試合を行ったし、珊内実業とは先週リーグ戦で対戦したばかり。その試合では2-4で敗戦している。


 もっとも、そのリーグの試合には瑞江達樹、立神翔馬、陸平怜喜という高踏の主力中の主力3人が代表の試合で不在だった。「彼らが戻ってくれば、どちらが勝ったとしても、準決勝は高踏が圧倒的優位」


 世間はそういうムードである。



 辻も末松もそう信じているが、それはそれとして気になる点はきちんと把握しておきたい。


 珊内実業はともかく、樫谷との試合ではどちらも手の内はほとんど見せていない。何か驚きの手を使ってくるかもしれない。


 ただ、両者の評価は完全には一致しない。


「復帰してすぐに準々決勝まで勝ち上がってくるんだから、やっぱり藤沖先生はたいしたものだしね」


 辻はそう藤沖を褒めるが、この点については末松は懐疑的だ。


「対戦相手を見ると、樫谷なら勝てる、という相手しかいなくねえ?」


 深戸学院、鳴峰館、鉢花、松葉商業といった上位シードは全部反対側の山にいる。


 樫谷のここまで3試合の相手は同じ中堅クラス。そこに勝ちきったと評価はできるが、樫谷が強くなったとまでは言いづらい。



「……そうか、まあ言われてみるとそうかもしれないな。よいしょ、と」


 辻は話をしている間に三脚を設置して、その上にカメラを置いた。


 その様子を眺めていた末松は、首を傾げて質問した。


「なあ、辻。そこまで本格的なもので撮る意味はあるのか?」


 車で来るなら装備は関係ないが、高踏にはスカウティングのために用意された車はない。そのため、辻は重い三脚を抱えながら電車に乗り、バスに乗り、スタジアムまで歩いていくことになる。


 そこまでしてカメラで撮影しても、陽人や後田、結菜があまり参考にするとは思えない。


 基本的には高踏は、相手を研究してどうこうしない。


 自ら主導権を取りに行くチームだからである。


 丹念に撮影せずとも、スマホで動画を撮影し、気になった状況だけ把握していれば済むのではないか。


「それはまあそうなんだけどな」


 痛い指摘だと、辻は笑う。


「でもまあ、俺は去年からこれを使って撮影しているし、今更手を抜きたくもないじゃん。チームの中だって手抜きしている人はいないんだし」

「それはそうだが」

「あと、珊内実業と樫谷の選手にとっても、この試合が想い出になる人がいるかもしれないし。みんながみんな、いつも試合に出られるわけじゃなくて、この試合が高校生活最高のゲームだって人もいるかもしれない。見ていない試合ならともかく、俺が見ている試合なら、そういう人にきちんとした映像を見せてやりたいじゃん」


 辻は爽やかに笑い、末松は鼻白んだように息をついた。


「……まあ、俺が持つわけじゃないから、別にいいけど」

「何だよ、せっかく人がカッコいいこと言ったのに」


 末松のそっけない言葉に、辻は苦笑しながら準備を続けた。



 試合が始まった。


 珊内実業、樫谷。共にシステムは中盤を逆台形にした4-4-2である。


 双方とも自分のマークする相手が明確であり、大きな実力差もないためボールが落ち着かない。右に左にとピンボールのようにボールが飛び交っている。


「落ち着かないな」、「そうだな」


 他愛もない意見を交わし合った後、末松が思い出したように言う。


「ウチもこういうきらいがあるよな。ハイプレスで一気に攻めるし、持っている時にも短いパスをひたすら回していてリズムが一定になりやすい」


 リズムが一定になると、それが速くても相手は次第に慣れてくる。


 たまには違うタイミングの攻めも必要だが、そうしたものはない。使い分けることができていないし、それができる人間もいない。


 辻も「確かに」と同意する。


「4月以降は瑞江さんが多少やっているのと、あとは加藤が多少リズムを変えているかな?」

「加藤のは、チェンジ・オブ・ペースとは言わんが……」


 ひたすらドリブルでつっかけているだけである。


 ただ、確かにリズムが変わっているのも事実だ。加藤のドリブル自体は不発に終わることも多いが、その後、別の形で決定機を作れていることが多い。


「あれもこれも全部できれば理想的ではあるけど、万能な戦術はないんだし仕方ないんじゃないか。というか、復帰したらおまえがやったらいいんじゃないの?」

「俺もどっちかというと、蒼佑みたいなタイプだし……」


 小刻みに動き回り、局面、局面ではドリブルもパスもシュートもできた。


 しかし、チーム全体を落ち着かせてキープして、気の利いたパスを出すというのはレパートリーにない。


「……それなら、戻った時にできればいいんじゃないか? そうなれば出番が増えるじゃん。おまえが言って、別の人ができるようになれば復活できてもベンチだぞ」

「……むぅ」


 イラッとなる言われ方ではあるが、確かにその通りでもある。


 仮に関節痛がなくなったとしても、リハビリもあるからすぐには戻れない。ブランクが長くなると当然出番は少なくなる。チームにないものが分かっていて、それを誰かに与えてしまうと選手としての自分は損をするかもしれない。


「というかいつ頃戻れんの?」

「分からん。薬で日常生活には支障がないが、全力で走れるようになるのがいつかはまだ分からない」

「まあ、じゃあ、夏くらいまでは今のままでいいんじゃね? その時点でメドが立たないようなら、選手権までには誰かが出来るようにしておいた方が良いし、俺から天宮さんと天宮に言っておくよ」

「……そうだな」


 チームの利益と自分の利益、バランスにかけるとそのくらいのタイミングがちょうど良いだろう。



 そうこう話をしているうち、前半をスコアレスで終えた。

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