5月12日 21:33 天宮家

 その夜、自室で昼の試合映像を再チェックしていると、不意に電話が鳴った。陸平からの電話である。


 それを見て、U17の試合がやっていたことを思い出した。見る手段があるのなら見ようと思っていたが、さすがにこの世代の親善試合を放映していることはない。だから、諦めていたのである。


「やあ、どうかしたか?」

『30分ほど前に試合が終わったよ。達樹が1G1A。2-1で勝った』

「それはすごいな」

『監督も大喜びしているし、7月のアジアカップと11月の本戦に向けて大きく前進したといっていいかもね』

「むっ」


 もちろん、招集された者が出た時点で年間スケジュールは聞いている。


 7月には中国でアジアカップが開催される。この大会で準決勝まで勝ち残れば、11月には開催される世代別のワールドカップに日本が出場することになる。


 活躍しているということは、この時期にも3人が抜ける可能性がある。


 この時期に大きな大会はないが、7月は総体の、11月は選手権に向けての準備期間となるので、痛いは痛い。



「おまえと翔馬はどう?」

『僕は後半から出て、特に何もないよ。翔馬はフル出場だけど、こちらも特にないかな。セットプレーは大体任されていたけど』

「だろうなぁ。練習とかは面白いのか?」

『いや、寄せ集めだから基本的な練習しかできないね。むしろ、高踏では何やってんだって僕達の方が聞かれる有様だよ』

「そうなると、3人とも引き続き招集かねぇ」


 事前の予想では、招集が確実なのは立神だけで、陸平と瑞江は当落選上ということだった。


 しかし、いきなり活躍したとなると瑞江も呼ばれそうだし、陸平も評価が高そうだ。


 1人ならともかく、3人とも長期不在の状況は中々に辛い。



「分かった。今、福岡にいるんだっけ?」

『そうだね。火曜日に熊本で試合をして、それで解散だ』

「来週は何もないけど、その次は総体の準決勝がある。そちらで試合に出ているんだろうけれど、チームに不在の分こき使うつもりだと2人にも言っておいてくれ」

『お~、怖い、怖い。了解したよ。それじゃ』


 陸平からの電話が切れた。


 そのまま陽人は廊下に出て、隣の部屋をノックした。


「起きているか?」

「起きているわよ~」


 と、結菜が出て来る。


「怜喜から電話があって、達樹が活躍して勝ったんだとさ」

「あら、それは嬉しさ半分、落胆半分って感じ?」


 結菜も、代表に行っている選手の活躍が、自分達にはあまり得ではないことをよく理解している。とはいえ、もちろん、日本代表には良い結果を出してほしいし、そこで自分達のチームの選手が活躍していることは誇らしいことでもある。


 嬉しさ半分、落胆半分というのは言いえて妙だ。


「7月と11月に不在になるかもしれないし、活躍するとプロからの誘いも本格化するかもしれない」

「でも、瑞江さんはアメリカの大学に行きたいんじゃなかったっけ?」



 サッカー選手の視線はヨーロッパに向かっているが、元々アメリカにいて、更にバスケットボールも好きだという瑞江はそうではなかった。「アメリカの大学に行ってMBAを取って、NBAチームの経営に参画する」という目標がある。


「とはいえ、実際に声がかかれば変わってくるだろう。海外から来るかもしれないし」


 国際大会で活躍した場合、青田買い的に獲得に乗り出すチームは多い。


 近年はヨーロッパも二極化している。選手を育てて売るチームと、選手を買って強化するチーム。更にはアジア資本が流入していることから、アジア選手を優先的に獲得するチームも多い。


「日本人選手は平均的に規律意識が高いから、アジア人の中では失敗が少ないし」

「しかも、瑞江さんの場合は言葉の問題がないものね」


 中学までアメリカにいたので、瑞江は英語が問題なく話せるし、スペイン語も多少は分かる。更に言うと、海外文化もよく分かっている。


「活躍度合いによっては、いきなり強豪チームが乗り出してくるかもしれないよねぇ」



 本人とファンには夢が広がる話だが、現所属チームとしては悩ましい問題だ。


 今年度は最初から、颯田にフィニッシャーとしての自覚を促して、事実ここまでそれなりに点を取れている。とはいえ、瑞江の代わりを務めるのは無理だろう。


 もちろん、立神や陸平についても今後評価が上昇することはありうる。立神についてはポジション上、重用される可能性が極めて高いので、そうなるだろうと思っておいた方が良い。


「ま、これ自体はどうしようもない。ただ、今後、3人がいない期間は増えるし、今日のような試合が更に増えるということも間違いない」

「それもそうだけど、勝てば勝つほど更に抜かれるかもしれないのよね」


 結菜が苦笑した。


 それもまた事実である。


 結局のところ実力不足を理由に稲城の招集は見送られたが、素質については高く評価されている。今後再度招集という話が出て来るかもしれない。


 1年組ではエースになりそうな司城にしてもそうだ。


「いっそ兄さんを監督にして、チームごと連れていけばいいのにねぇ」

「無茶言うな。そもそも、そうなったら俺は勉強できなくなるぞ」

「今だって、あまりしていないんじゃないの?」

「いや、成績は真ん中くらいだ。失礼なことを言うな」


 仮に代表にまで関与することになれば、落第クラスまで落とされる可能性が高い。


 名誉どうこうという問題でなく、自分が代表に行くのはどんな形であっても困る、陽人はそう思った。




おまけ・代表選手と本作⇒https://kakuyomu.jp/users/kawanohate/news/16818093077011681894

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