5月12日 15:15 名古屋市内・試合会場
試合終了のホイッスルとともに、陽人は立ち上がり、珊内実業のベンチへと向かう。
珊内実業監督・
2-4。
ここまで4連勝だった高踏は県リーグ戦で初黒星を喫した。
ただ、負けた陽人は満足げな表情で、勝った野形の方がややもすると不機嫌だ。
「さすがに選手層に問題がありすぎたわね~」
この後、試合を行うBチームのメンバーがベンチに入ってくる。先頭にいる結菜が苦笑いを浮かべながらそう言った。
陽人は小さく頷くも。
「リーグ戦だし、力を余して何もしない選手が出るよりはその方が良いだろ」
そう答えて、戻ってきた選手を迎えに行く。
がっかりと頭を下げているのは弦本龍一と司城蒼佑の2人だ。
陽人はまず弦本の肩をたたく。
「悪いな、劣勢の展開を長くやらせてしまって」
次いで司城には、「ま、こんな日もあるさ」と軽く声をかけた。
前半に関しては120点の出来だったといっていい。
戎は持ち前のポジショニングセンスをいかんなく発揮し、前に出てボールの出どころで簡単に取ってしまう。前半45分中35分は完全なハーフコートマッチとなった。
敗因の一つはこの前半に山のようなチャンスがありながら、2点しか取れなかったことである。
颯田と司城が1ゴールずつをあげたが、司城にはチャンスがあと5回ほどはあったし、園口と颯田も2、3本は外していた。司城が落ち込んでいるのは、「あと2点は取れたのに」という悔しさによるものだ。
もう一つの、そして最大の敗因は、戎の体力が切れたことである。
後半10分までは続いたが、そのあたりで限界に達して走れなくなった。
ここで弦本と交代したのは結果的には失敗だったが、それしか選択肢がなかったのも事実だ。瑞江、陸平、立神の不在は最初のメンバーでは克服できたが、代わりに入った選手達に控えがいなかった。ベンチには戸狩以外では弦本と聖恵、まだ戦力としては計算できない一年生の田中と栗畑がいただけである。
おまけに前半から戎が前に前にと出ていたために、選手交代後も自然と前掛かりになってしまった。一方、戎に代わって入った弦本は低めの位置に入ってしまい、ギャップが鮮明になった。
そこを突かれて同点に追い付かれると、焦りも生じて司城と弦本が更にミスをしてしまい、更に疲労してしまったことで終盤2失点してしまい、敗れた。
「勝ちを目指すなら他にやりようもあった。それをしないで負けたから、基本的には監督の責任だと思えばいい」
という言葉は慰めではない。
結果をもう少し良くしたいのなら、戎の位置に神津をもってきて、全体の重心を下げるように指示を出しただろう。
それをしなかったのは、「とりあえずどうなるか」というのを見たかったからだ。
Aチームの選手達はシャワールームに向かい、ベンチにはBチームが入ってくる。
「結果はともかく、戎が元気な時のプレーは面白いものだった。もう一回やってみてもいいな……」
「ただ、本人のスタミナの問題はあるし、あとは相手が研究してきたらどうなるかというのはあるわね」
「そうかもしれないな。ただ、相手の研究という点では、今日、勝たずに負けたことは良かったかもしれない」
いかにその気がなくても、県下の有力校が「打倒・高踏」を掲げていることは分かっている。
そんな中で、高踏が珊内実業に負けたとなった場合、彼らが見るのは「どうやって、珊内実業は勝ったのか」という点だ。高踏の良かった点ではなく、悪かった点、珊内実業の良かった点を見る。
前半については、「主力3人がいない中でもいつもと同じ方針をやっている」と見るだろうが、戎がいることで陸平の場合と何が違うのか、というところを丹念にスカウティングはしないだろう。
シャワーが終わって、選手達が戻ってきた。
司城が近づいてきた。
「天宮さん、先に戻ってシュート練習していてもいいでしょうか?」
「……」
陽人は目を丸くして司城を見た。
「……何か具体的なイメージがあるのか? それとも、ただ悔しいから練習したいのか?」
「今日外した形を一本、一本、思い出して、枠に収められるようにしたいんです」
「……分かった、いいよ。ただし、あまりやりすぎないように」
試合でダメだった。だから反省しているポーズとして練習してもあまり意味はないと陽人は思った。下手すれば無意味に疲れるだけになってしまう。その分、本来やってほしい練習ができないとなれば本末転倒だ。
ただ、自分の中で試合を振り返って、そのイメージを有しながらしっかりと練習するのであれば、身になるだろう。チーム練習を差し引いてもするだけの価値があるはずだ。
陽人は卯月に「チェックしておいてね」と呼びかける。卯月も頷いた。
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