5月5日 10:16 高踏市内・病院

 高踏市内にある総合病院。


 聖恵貴臣はこの病院で週に一度、土曜日の午前に診てもらうことになっていた。連休中であってもそれは変わらない。


 診てもらうと言ってもたいしたことがあるわけではない。ただ、ここ一年で17センチ、先月も2センチ伸びるなど成長が著しいため、各所に痛みが走る。


 急激な身長の伸びに従って、身体のバランスが悪くなることも多い。そうした矯正やチェックを毎週行っていた。


 先月29日の練習試合以降は、痛みが強いため練習も満足に出来ていない。部室に行って映像などを見るだけである。


「つまんないなぁ」


 順番待ちをする間、一階のコンビニでコーヒーでも飲もうとした。


 そこに見覚えのある顔があった。


「あれ、末松?」


 末松至輝がサッカー雑誌を立ち読みしていた。



 そういえば、と聖恵は思い出す。


 末松は中学二年の時には県代表になったこともあるという。しかし、病気があるらしく中学三年はほぼ欠場、このサッカー部でも練習に参加していることは一度もない。辻とともにビデオを撮っているか、その映像を眺めているか、である。


 末松も聖恵がいることに驚いている。


「聖恵? 何だ、風邪でもひいたのか?」

「風邪じゃねえよ。成長痛の定期診断」

「成長痛?」


 悪意はないのだろうが、末松の表情は「チビなのに成長痛?」というものだった。


 無理もない話ではある。168センチらしい末松に対して、聖恵は前日で162センチである。「俺より明らかに小さいのに成長云々と言われても」と瞬間的に思ったのだろう。


「俺、この後180くらいにはなるって言われているんだよ」


 実際に検査したところ、185くらいまで伸びると診断した医師が多かったという。しかし、大見栄をはって実際にそこまで伸びないとカッコ悪いので、少し低目の数字を出していた。


 当然、末松は「マジ?」と驚く。


「じゃあ、ここから20センチくらい伸びるのか?」

「この1年で17センチ伸びた」

「ということは中三まで目茶苦茶チビだったんだな。今もチビだけど」

「うるせえ」

「そんなに身長伸びてプレーできるのか?」

「……だから嫌々病院に来ているんだよ」


 身長が急に伸びると体のバランスも悪くなるし、筋力バランスも一気に変わる。


「ハードな筋トレをすると、筋肉が歯止めとなって背が伸びなくなるから、それも出来ないし、色々大変なんだよ」


 と、自分の苦悩を語ったところで、相手のことが気になる。


「おまえは何で病院にいるの? 練習できない原因か何かあるのか?」


 末松が仏頂面を見せる。


「まあな」

「何なの? 成長は止まってそうだけど」

「余計なお世話だ。若年性特発性関節炎だよ」

「……何だそりゃ?」



 若年性特発性関節炎、小児性リウマチは免疫不全などによって起こる関節炎である。


 末松の場合、中学二年の冬頃に発症し、三年時は投薬をして何とか通常生活が送れるというくらいにまで股関節や膝関節に炎症の痛みがあったらしい。


「有名なところで言うと、フィギュアスケートの三原選手もかかったらしくて、あの人は一年あまりで復帰できたらしいが、俺はもうちょっと酷いみたいだな」

「結構長くかかるものなんだな?」

「医師が言うには五年十年かかる人も普通にいるらしい」

「マジか?」


 聖恵は驚いた。


 仮に五年かかるとしたら、末松は高校では一切ボールが蹴れないことになる。大学に入ってようやくというくらいだが、そうなると余程の大天才でもない限り復帰は難しいだろう。


「……まあ、まだ痛みはあるけれど、一番酷い時に比べるとおさまっているから、来年くらいには……」

「それでもブランクが二年か。きついな」


 そう言ってから聖恵ははたと気づく。自分の成長痛も下手するとそのくらいの期間かかるかもしれない、ということを。


「ダメならダメで、ここならコーチとか監督のやり方とか学べるからな」


 末松の言葉に、聖恵は「おっ」と声をあげる。


「ということは、天宮さんが卒業したら、おまえが監督ということもありえるわけ?」



 聖恵にもサッカー部の内部状況は分かっている。


 名目上の顧問は真田だが、彼はあくまで管理しかしていない。


 実質的には部員が監督・コーチをこなしている。ただ、当然ながら部員はいずれ卒業する。天宮陽人は二年後にはいない。


 となると、その次に末松が就いたとしても不思議はない。



 その末松はとんでもないとばかりに手を振った。


「無理、無理、天宮さんの次なんて絶対無理。あの人はヤバすぎる」

「そうなん? これから二年きっちり学べば、何とかなるんじゃないか?」

「学ぶとか学ばないとかじゃなくて、ああいうのは絶対無理だ」


 末松はここ一か月での陽人に対する逸話を言い始めた。それを語る心境にはもちろん多くの賞賛も含まれているが、それと同じくらいに畏怖や恐怖といった感情も含まれているようだ。

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