4月29日 16:15 部室
「今日はどうもありがとう」
試合後のクラブハウスの会議室、藤沖がまず陽人に礼を述べる。
両チームの選手達はシャワーを浴びてから、試合後の食事である。本格的な食事ではなく消化の早いものを食べて、失ったエネルギーを回復させるというものだ。
何故か試合を見ていただけの宍原と谷端もそちらに参加している。
「全国四強の強さをまざまざと見せてもらったよ。選手達もいい経験になっただろう」
事実、良い経験になっただろうと思った。
こういうやり方もあるのか、と藤沖自身が思ったくらいである。それに試合自体も多くの場面で高踏らしいやり方を見せつけられた。同時に幾つも試合をしていたので混乱しがちではあるが、色々参考になるだろう。
一方、Bチームは結果だけを見ると勝利である。
もちろん、この勝利で高踏に通用するというものではないが、それでも「絶対に勝てない相手ではない」と選手が可能性をもつことができるというのは今後大きくなってくるだろう。
「こちらこそありがとうございました。中々、こういうスタイルを持ちかける相手がいなかったので助かりました」
「確かにね。佐藤さんも潮見も面食らうだろうからなぁ」
「そうなんですよ。馬鹿にしているのか、と怒られるかもしれませんからね。まあ、谷端と宍原が見ていたので、深戸学院は今後応じてくれるかもしれませんが」
「……そうなると、二強体制が一気に進むかもしれないねぇ。樫谷も何とか食らいついていかないと」
冗談めいて言ってはいるが、実際のところ笑い話ではない。高踏と深戸が練習試合を組むようになると、全国のこともあるので「こことだけでいいや」となりかねず、他校が置いていかれる可能性もある。
そこから2、3、話を続けた後、話題が背番号のことに移った。
「そういえば、今日は稲城君が背番号8をつけていたね」
「そうですね」
昨年の背番号8は陽人である。しかし、今年、メンバーも増えたことでチームのメンバーには登録していない。結果、空いた8番は稲城希仁がつけることになった。
「本人は25が好きみたいですけれど、今年は主力になってもらいたいので、8か10のどっちかにしてくれって頼んだら、8が良いって言っていました」
「そういえば去年、10番は道明寺君がつけていたよね?」
「そうなんですけれど」
昨年、10番は当時の主将で3年だった甲崎の番号という認識だったが、大会に登録しないために空き番号となった。
主力組に特に希望者がいなかったので、昨年5月以降に入部してきた道明寺、櫛木、南羽に持ちかけてみたところ、道明寺が「一度くらいつけてみたい」と答えたため、あっさりと彼のものになった。
ところが選手権での大躍進で背番号10に対するツッコミが増えてしまった。「何で控えのセンターバックが10番なんだ」というものだ。
もちろん、外野だけなら構わないが、他ならぬ家族からも「おまえは10番って柄ではないだろ」と言われたらしい。
記念でつけたつもりが大変なことになってしまい、道明寺は「別の番号に変える」と強く宣言して18番に変更してしまった。
「18も控えフォワードがつけることが多いけどね」
かつて18の1と8の間に小さく+を入れたのは元チリ代表のストライカー・イヴァン・サモラーノだが、足したら9になる18はフォワードがつけることも多い。
「それでも10よりは良かったみたいですね」
最近は背番号も多様化が進んでおり、以前ほど10番はエースがつける番号という雰囲気でもない。
ただ、他のエース番号である7番を瑞江、11番を立神がつけている以上、10番もそれなりの選手がつけた方が良い。道明寺が番号を変えたのも「あの2人と同列に扱われては溜まらん」ということが大きかった。
その辺りのイメージは陽人も考えなければいけない。
陽人は当初、園口にもちかけてみた。
元々、小学校時代からチームのエースを担ってきたし、高踏でも重要な役割を担う選手である。ポジションやプレースタイル的にも9よりは10という雰囲気であるからだ。
しかし、園口には中学時代に当初10をつけて、そこから失速していった苦い経験があった。今の9から変える理由もないのに、敢えて苦い記憶のある番号をつけたくないと言われてしまえば、それ以上要請することはできない。
稲城にも断られたので、アタッカーに好まれる10番、14番は1年に打診する番号となった。
14を希望したのは司城だ。ユースでもその番号をつけていたのでそうしたいということで、これはすんなりと決まった。
10番を持ちかけたのは同じユースから来た戎、神津、あとは早々に入学したいと言っていた妹・結菜の元クラスメイトであった浅川である。
神津は「自分はディフェンダーなので」と断り、戎は「柄じゃない」と断った。
浅川は「第一希望は9ですが、10でもいいです」と答えたため、浅川が10番をつけることになった。
「結構大変だよね、背番号の話も」
藤沖が笑いながら言う。
「そうですね。それぞれにこだわりなり考えがありますからね」
「ちなみに1年の小さめの数字というと聖恵君が13をつけていたけど」
「特に理由はありませんが、聖恵のお父さんに対する忖度があるのは否定できませんね」
高踏高校サッカー部の環境が良くなったのは、聖恵家の息子に対する期待ゆえのものが大きい。その息子に対して、あまり大きな番号をつけさせるのはいかがなものか。
極めて単純な話である。
※昨年11月の2年時のメンバー紹介の時と若干背番号が異なっております。
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