4月29日 15:45 グラウンド

 四面のグラウンドでの試合が続く。


「テレビなんかで物凄い多くのモニターがあって、それで全国の各試合を放映しているシーンなんか見るけど、ああいうのを全部把握できるのかねぇ」


 谷端がつぶやく。今の自分はグラウンド一面を確認するだけで手一杯だ。


 と、そばで見ていた珊内実業のコーチが声をあげた。


「どうしたんですか?」


 ここでは呉越同舟である。気になる情報を共有しないとやっていけない。


「いや、樫谷のBチームがいい展開から点をとったんで」

「Bチームですか?」


 スコアを見ると、樫谷のBチームが2-1と勝ち越している。


「樫谷のBは2年が中心だと思うけど、結構いいよ」

「ただ、相手も高踏のBですからね」


 谷端の答えに「いやいや」と相手は反論する。


「高踏のBは西海大伯耆や弘陽学館に勝ったところだよ。馬鹿にしちゃいけない」

「……確かに」


 谷端は他校の者としては相当に高踏の練習を見ている。


 ゆえに、BチームとAチームの間に差があるということをよく理解している。


 しかし、全国の舞台で目立った活躍をしたのはむしろBチームの方かもしれない。大野弘人を擁する西海大伯耆に、優勝候補だった弘陽学館を倒したのであるから。


 Bチームを知らない者からすれば、高踏のBチームはAチームとも遜色ない強さという認識なのだろう。



 谷端は宍原に「Cを見てくれ」と頼み、自らはBチームの試合に目を向けた。


 少し見て、「ははぁ」と見当がつく。


 高踏のサブチームは弱いわけではないが、その強さは「自分達はレギュラーほどではない」と一致団結して戦術を遂行していたところにある。そこにレギュラー組が加わると予想以上の効果を発揮するという面があった。


 ただ、この試合では1年が混ざっているし、選手の入れ替えが頻繁に生じている。


 そのため、サブチームの最大の持ち味である一致団結が崩れ、戦術的なほころびが生じている。それをカバーできるだけの力はないから、劣勢に陥っている。


 瑞江・立神・陸平がいるAチームや、司城と神津といったユース上がりのいるCチームと比較すると、頼るべき存在がBチームにはいない。いや、最初は戸狩がいたのだが、前半で疲れたのだろう、ベンチに下がってしまっている。



 そこに2年を主軸とする樫谷Bチームがシンプルだが効果的なサイドアタックを繰り返している。


「樫谷はオーソドックスな4-4-2で、サイドに2人割いて高踏の同サイドを崩している。道明寺はともかく石狩は高さに欠けるから、競り合いでも勝てることが多い」


 試合の勝敗を重視するなら、少なくともBチームのセンターバックとサイドバックは替えるか作戦を変えるかなどのテコ入れをする必要がありそうだ。


 しかし、勝敗について気にしていないようなので、特にこれといった手を打つこともない。中で修正できるかどうか試してみるところもあるのだろう。


 その結果として、高踏Bは対応しきれておらず、樫谷のBは良い形が続いている。



「高踏の問題は分かったが、樫谷のBはどうなんだ?」


 宍原がCチームの試合を見ながら尋ねてきた。


「まあまあかな。樫谷が昨年低迷していた時の1年が主軸みたいだけど、技術はともかくスピードは割とあるように思う。特に両サイドは背番号も10と11だから、期待もされていそうだ。ただ、県下でトップクラスかというと……」


 先輩である下田や、高踏Aチームにいる立神と比較できるほどの存在かというと、そこには至らないだろう。


「もちろん、これから鍛えていくだろうけれど総体予選段階では、樫谷はそう怖い存在ではなさそうだ」


 総体予選が始まるのは来月の半ばから。


 残り1か月に満たない期間だ。さすがに強化期間としては足りないだろう。




 試合が終了した。


 3試合の結果は高踏から見て、Aチームが5-0、Bチームが1-2、Cチームが2-0である。


「まあ、結果そのものについてはどうでも良いところだろう。叔父さんも一発勝負なら何かしら奇策を打つかもしれないが、こういう展開の練習試合では何もしようがない。力関係がそのまま出た感じかな」


 瑞江、立神、陸平らがいるチームは多少弄られたとしてもやはり強い。


 Bチームはそこまでには至らない。チームとしての能力値を発揮できないと脆さも出てくるように見えた。逆にCチームはチームとして発展途上だが、何人か光る存在があった。


「……個人の能力という点では、むしろCの方が上かもしれない。総体予選では大きくメンバーは変わらないだろうが、選手権予選ではCチームにいたメンバーが何人か入ってくるかもしれない。これだとレポートとしては雑なことこのうえないが」


 谷端はお手あげとばかりに首をすくめた。これ以上、まとめようがない。


 一番の収穫としては、練習試合に求めるものが、一般のチームと天宮陽人とでは全く違う、ということなのかもしれない。



「俺はゴールキーパーだから、キーパーが誰になるかは気になるな」


 宍原の言葉に、谷端も頷くところはある。


 鹿海、須貝、水田の3人は、総合力ではそれほど差がなさそうに見えるが、持ち味がかなり違う。


 鹿海はキック精度とスピードに秀でており、高踏の戦術には一番マッチする。反面、キーパーとしての能力は明らかに見劣りがする。


 須貝はまんべんなくこなすし、ビッグプレーを連発する能力もある。ただ、身体が小さく威圧感に欠ける部分もある。


 キーパーの威圧感という点では1年の水田がもっとも秀でている。背丈以上に手足が伸びるし、ゴールエリアでは何の心配もない。反面、結菜に再三指示されていたようにポジショニングの問題が大きい。


「でもやっぱり、鹿海じゃないかな」


 高踏は、天宮陽人はとことん前に出る姿勢だ。


 それを体現するのはやはり鹿海である。


 この試合でもAチームのキーパーは鹿海だったし、それを変えるなら、今後須貝や水田が余程の強みを見せる必要がある。


 残り期間もほとんどない。総体予選決勝には鹿海が出てくるだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る