4月29日 15:12 グラウンド
後半が始まった。
「ま、前半同様、1年の試合かな」
谷端の視線はCチームのグラウンドへと向けられる。
2年組の試合はレギュラー組もサブ組も既に情報はある。
より練度が増している可能性はあるが、ある程度の想像はつく。
まだ情報の足りない1年の情報の方が重宝されるだろう。
前半の印象は時々上級生のような片鱗を見せるというものだった。
プレスへの意識は十分だが、まだまだ連携が良いとは言えない。しかし、何回かに一度上級生にヒケを取らない全員守備となっている。
「後半は良い感じで回っているな」
宍原が言う。確かに後半は高い位置からプレスが機能している。
と、同時にゴールキーパーの水田への結菜の指示も多い。
「確かにキーパーの水田は後ろにいすぎとは思うが、アイツはいいのかねぇ?」
宍原がそう言って視線を向けるのは加藤だ。
中盤でボールを貰っては突っかけていき、二、三人かわすもののパスを出さずにボールを取られる。
あまりにもプレーが単調だし、そもそも高踏の方針ともそぐわないように見える。
「ボールを出さないせいか、アイツが持つ時は味方のポジションも良くないな。あれでは出したくても出しづらい……」
加藤がボールを取られたが、すぐにプレスをかけて、中盤の弦本が奪った。スルーパスに司城が反応して、2点目が入った。
「おっと、理屈通りにはいかないものだ……」
結果的には加藤のドリブルから点という結果になったので、谷端は前言撤回とばかりに舌を出した。
「今のシーンも良いディフェンスだったな」
宍原が頷いている。
谷端も当初は同感だと頷いた。
しかし、しばらく見ていて、別のことに気づく。
「ひょっとすると、アイツが取られた時にスイッチを入れているのでは?」
「取られた時にスイッチ?」
「アイツはドリブル一辺倒で、当然全員かわすのは不可能だ。ただし、撹乱させる力はある。ボールを取られても樫谷はフォーメーションが乱れているから、そこに一気にプレスをかけて取り返し、そのまま攻略している……ように見える」
加藤がどこまでドリブルする気なのか味方も分からない。また、彼が効果的なパスを出す可能性も低い。
ならば、好きなようにさせ、取られる前提で次の守りを考え、取られた瞬間に一気に守備に行った方が良い。
樫谷サイドがボールを奪った瞬間、すぐに切り替えができていなければその瞬間はチャンスだ。
しばらく見ているが、やはり1年チームは加藤が取られた瞬間にもっとも強烈なプレスをかけている。間違いなく狙ってやっている。
「そんなやり方があるのか」
「まあ、さすがに一過性のものだろうが……」
ドリブルの名手がいるのに、サポートすることなく、遠巻きにしてボールを取られてから行くというのはあまりに迂遠だ。本人も面白くないだろう。
ただ、結成1か月という時点では、まだ連携を確立したわけではないから、分かりやすいところを起点にするしかない。そういう点では、加藤は分かりやすい。
「アイツは今後スーパーサブとして入ってきそうだな」
高踏のハイプレスとショートパスの戦術に対してはスペースを潰すという作戦が有効……というより現状それくらいしかないことは北日本短大付属が明らかにした。そうなるとドリブルで崩す選手は有効になる。
「瑞江も戸狩も頭がいいし、ドリブルにこだわらない。だからパスも出せるが、そうなるとスペースを崩し切るには足りない。言葉は悪いが、ああいう無謀な奴もいた方がいいのかもしれない」
「中途半端にパスを覚えさせる必要はない、というわけか」
「そこは今後をどう考えるか、だよな」
谷端は大きく息を吐いた。
「高踏高校の戦術を考えれば、アイツは無理にパスを出さなくても行ける気がする。それよりもドリブルそのものとボールの受け方を磨いた方が良いのかもしれん。高踏高校でキャリアを終えるつもりならそれでも良いかもしれないが」
「確かになぁ」
ここまで極端な戦い方をするチームはまずない。
プロレベルでドリブルしかしない選手を取るはずがないし、大学も結果重視だから純正ドリブラーは使いづらい。
高校一年にしてあれだけのドリブルを持っているのなら、当然高校の先も行きたいはずだ。そうなると、パスの出し方も覚える必要もある。
「……ただ、現時点では厄介な存在がまた1人増えたな。正直、何でもできる司城は瑞江と戸狩の対策が通用するが、アイツはそうもいかない」
ちなみに谷端も宍原も「アイツ」と連続して呼んでいるのは、加藤賢也という名前を知らないからである。三試合同時なのでメンバー表もないし、あったとしても追いきれない。
ネットで調べようにも、高踏のサッカー部はSNSはもちろん、一般的なホームページも持っていない。
「監督(佐藤)とか叔父さんは直接天宮に電話しているみたいだが、他のところは学校の方にメールで申し込んでいるらしいからなぁ」
「おっ、交替だな」
15分が経過して、高踏が三人ずつ選手を変える。
Aは4-0となっていた。瑞江・立神が居座っているので当然といえば当然といってよい。
Bは1-1のまま。Bチームということで崩し切る力はないようだ。
Cは加藤をうまく活かして2-0と点差を広げた。
「どうする?」
「引き続きこのままでいいだろう」
2人は引き続きCを見ることにした。
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