4月29日 14:57 グラウンド

 藤沖がピッチを回るのと同じように、陽人も三つのグラウンドの間を回っている。


 ただ、グラウンドの真ん中を突っ切るわけにもいかないので、基本的にはAとBの間に立ち、その二試合を見ていることが多い。



 前半30分が経過した。


 交代無制限、別会場をまたぐ交代もOKとなると内容もスコアも参考以上の何者にもならないが、3面とも高踏がリードしている。


「意外と押しているな」


 Bチームの指揮をとっている後田に話しかける。



 交代の際には、FW、MF、DFを1人ずつ移している。


 これだけ変えると明らかに戸惑いが生じるポジションが出るはずだが、今のところ目立つことはない。


「むしろ、相手の方がマーカーの交代で戸惑っている感じがあるかな」


 後田の感想の通りで、戸惑う高踏を攻めるよりも入ってきた選手が何をするか様子見するケースが多い。そうしているうちに入った選手も慣れてきて、元の攻勢に戻っている。


「樫谷も一年違う監督の下で別チームとして戦ってきて、今年藤沖さんが戻ってきたという状態だからね。まだまだ熟成されていないんだろう」


 高踏の2年はレギュラー・サブを問わず、昨年のトーナメントで様々な役割をこなしてきた。だから、多少の交代では大きく戸惑うことはない。


 1年もそんな2年に引っ張られ、あとは監督の結菜の超がつくほどのポジティブシンキングに影響されて「何とかなるさ」という意識で戦っている。


「人間は、正しいことを言っていても小声の奴より、間違っていても自信満々の奴に従う傾向があるらしいからな」

「それ、妹に対する言葉か?」


 後田が苦笑している。



「お、陽人。あっち見てみろよ」


 後田が道路の方を指さした。


 振り返ると、何人か立っている。


「高踏と樫谷が練習試合をするということで、偵察部隊を派遣してきたところがあるみたいだな……って、あそこにいるのは篤史じゃないか」


 藤沖の甥であり、深戸学院のディフェンダーである谷端篤志の姿があった。その横にはゴールキーパーの宍原隼彦の姿もある。


「あいつらも偵察に来たわけか」


 陽人が一人一人数えていくと合計9人来ていた。


 選手と思しき者は深戸学院の2人だけで、残りはコーチかスカウトのようだ。



 前半が終了した。


 スコアはA面が3-0、B面が1-1、C面が1-0である。


「俺はあっちに挨拶に行くんでハーフタイムの話は、雄大の方でやっておいてくれ」


 呼んだわけではないが、サッカー部の代表として相手をする必要はあるだろう。


 本来なら、顧問の真田がやるべきであるが、サッカーのことを知らない真田が来ても、相手も嬉しくあるまい。


「分かった」


 後田の了承を受けると、陽人はグラウンドの外に向かう。全員、お茶のペットボトルは持っている。恐らく気が利くマネージャーの卯月が手配したのだろう。


「どうも、お疲れ様です」


「あぁ、どうも……」


 年配組は学生の陽人とどう挨拶をしたら良いか迷っているが、同学年は別である。


「相変わらず奇怪なことをやっているなぁ」


 宍原が呆れたような顔で言えば、谷端も「これじゃレポートにもならん」とお手上げというポーズを見せた。


「悪いな」

「この様子だと、今年は三チーム併用体制で行くのか?」

「そこまでは決めていない。そのくらい選択肢が欲しいのは間違いないけど」

「樫谷についてはどういう印象だ?」


 叔父の学校ということもあるので、気になっているのだろう。谷端は対戦相手についても聞いてきた。


「……正直なところ、まだチームが定まっていない感じはあるな。バタバタしているというか、自分達が何をすれば良いのかはっきり分かっていない印象だ」

「手厳しいねぇ」

「ただ、今の三年生は一年の時は藤沖さん、二年は別の人で、今年はまた藤沖さんと戻っているわけで、こうポンポン監督ややり方が変わるとやりづらいんじゃないかな」

「そういうおまえは一年目から全国ベスト4なわけだが?」


 宍原の苦笑交じりのツッコミに、陽人は「それは違う」と反論する。


「最初はみんなやる気になっているだろ? それが二年でいきなり一から出直しになって、三年でまたやり直しだ。実際にそんな立場になってみないと分からないが、俺でも溜息つくと思うよ」

「まあ、確かに……」

「ウチの一年にも、チーム方針がコロコロ変わってやりづらいって、Jリーグのユース蹴ってやってきたのもいるわけだし」


 司城のことを話すと、谷端が「そうだよなぁ」と力強く頷く。


「実際、ニルディアは新監督で迎えたのに連敗スタートでもう監督交代したからな」

「え、まだ4月なのに?」


 陽人は目を丸くした。


「2月末開幕だから、もう10試合以上しているだろ」


 ニルディアは新監督での10試合を1勝7敗2分。J1復帰どころかJ3降格になりかねないスタートとなり、敢無く監督交代となったらしい。新監督の下では2試合して、いずれもドローだ。


「というか、陽人、おまえ、Jリーグの結果とか見てないの?」

「試合のハイライト集を見て、気になった試合は録画では見ようとは思っているけど、今年は一試合も見ていないかな。結果や順位表は全然見ていない。結菜はそういうのには詳しいが……」


 ニルディアの監督交代についての話は聞いた覚えがない。


 とはいえ、「ニルディア監督交代したんだって。司城君とか神津君、ウチに来て良かったよねー」なんて言うのも器の小さい話だ。


「今年、おまえんところがいい成績あげたら、来年もニルディアから移動する奴がいるんじゃないかって警戒しているところもあるらしいぞ。まあ、成績が良くないと高踏には行けないけど」


 宍原の言葉は実際噂としてあるらしい。


 実際、司城や神津、戎の成長如何ではそうなるのかもしれない。


 しかし、現状、そこまで先のことを考える余裕はなかった。


「……とりあえずは後半の交代を考えるだけで手一杯だよ」


 他の相手の様子も見たが、特に話をしたがっている者はいない。


「では、また試合終了後に挨拶に来ますので」


 陽人は頭を下げて、グラウンドに戻っていった。

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