4月29日 14:06 グラウンド
陽人は「比べるものが違うかもしれませんけれど」と前置きをして言う。
「テストでも、例えば高校入試にライバルはいますけれど、そいつが何時間勉強しているとか気にしても仕方ないじゃないですか。結局、自分が何点取れるかによるわけで。サッカーはもちろん相手はいますけれど、同じような感覚で、どれだけ良いサッカーができるかってことになると思うんですよね。そういう点で、そもそもどれだけ良いサッカーが出来たかというと……」
あまりできていない、運に助けられた部分も多かった。
「実際に完璧にできていたのは鉢花戦の前半くらいでしょうけれど、相手がこちらのことを知らなかったということもありますから」
「もっと良いサッカーはできる、と?」
「やりたいことは一杯ありますからね。それらを全部表現できてダメなら、何か変えないといけないかなぁと思うかもしれませんし、何も表現できなくても問題ですが、今はある程度できているけど、まだ行けるところがあるはず、という感覚なので」
行けるところまでは行き切りたい。どうするかはその後考える。
他人のことを気にするだけ無駄である、というような様子だ。
「相手が対策してくるのなら、逆に基準として分かりやすいのもありますからね。同じところに立ち止まっているのなら相手の対策にはまりますが、自分達が前進しているなら対策しても通じないわけですから」
軽食が終わり、試合前のウォーミングアップが始まる。
1人でBチームの様子を見ていると、新任コーチの桜塚が近づいてきた。
「天宮陽人、高校二年なのに凄い自信ですね」
どうやら話を聞いていたらしい。
「そうだね。聞いていて少し寒気がしたよ。ただ、自信というよりは気質なのかもしれないね。一般人は結果を求めるけど、彼は芸術的なものとして考えているようだ。そして恐ろしいことに」
「恐ろしいことに……、何ですか?」
「彼は去年、てっとりばやくヨーロッパの強豪チームのポゼッション模倣から始めて、それを所属選手に応じて改編した。だから基本的にはコピーだったわけだけど、さっきの言葉を聞いていると、どうもその先が見え始めているように感じられる」
桜塚が目を丸くした。
「その先って、ヨーロッパの強豪の先ってことですか?」
ヨーロッパのサッカーは世界の最高峰だ。
その先を行くということは、世界のフロントランナーになることを意味する。
「だって、今だってかなりコピーとしては優れたものを作っていながら、更にやりたいことが沢山あって、それをやりたい、表現したい、と言っているわけだからね。つまり、その先のイメージがあるんだよ。僕にはてんで想像もつかないけどね」
「日本の高校生が、ですか?」
「日本の高校生を馬鹿にするものじゃないよ。もちろん日本のサッカーが世界最強とは思わないけど、入ってくる情報量は世界の最前線にいると言っていい。海外の雑誌とか見たことあるかい? 酷いもんだよ」
今の若年世代はそうしたものを子供の頃から触れている。当たり前だと思っている。現場レベルだとそれがマイナスになっていることもあるが、当然、最先端を当然と思う才能も出て来ることになる。
「1980年代に革新的な戦術を持ち出して、ヨーロッパを席巻したアリーゴ・サッキは選手としては五部相当でプレーしていた凡庸な存在だった。芸術家はどこにだって出て来る。偶々機会を得るかどうかの違いだろう」
「そうだとすると、えらいことですね」
「全く偉いことだよ。外れてほしいと思う。ただ、どこかではそうあってほしいという期待もあるかな」
藤沖は四面あるグラウンドを見比べた。
「僕はCチームを見にいくよ。桜塚君はDとEを見るといい」
高踏の面々が言うには「特殊なんですけど」というグラウンドで紅白戦をするDチームとEチームの方を指さした。
14時に笛が吹かれて、一斉に試合が始まる。
桜塚に言った通り、藤沖はCチームの試合を見ることにした。
高踏のAチームとBチームは選手権にも出ていたので、ある程度理解できている。
しかし、加入一か月の新一年がどの程度の試合を見せるのか。
高踏はAチームに陽人、Bチームは後田、Cチームは結菜が座っているが、陽人も藤沖同様立って歩いている。グラウンドを行き来しつつ、それぞれをチェックするつもりのようだ。
「あれ、藤沖さん? Cチームですか?」
結菜が藤沖に気づいて挨拶したが、すぐに「あっ」と何かに気づく。
「明楽ー! あと三歩前ー!」
ゴールキーパーのポジショニングが良くないようだ。
「……失礼しました。大体みんな慣れてきたんですけど、2人ダメなのがいるんですよね~」
結菜の言葉に藤沖は驚く。
「2人だけなの?」
ピッチの試合を見ると、見たことのない選手ばかりがいるCチームであるが、確かに前の方からプレッシングを行っているし、ラインも高い。
「もう1人はどこにいるんだ?」
キーパーが落ち着かないのは理解したが、他の選手は前からしっかり動いている。
他に動けていない選手がいるようには見えない。
「藤沖さんも見たことある人ですよ。あの10番」
と指さす先にいたのは10番をつける浅川光琴。結菜達と昔、同級生、引っ越した中学では兵庫で実績をあげて戻ってきた存在である。
「問題ないように見えるけど?」
「問題はないんですが、単なる歯車になってしまっています。相手がスペースくれないと何もできないんで」
確かに窮屈そうにプレーしているようには見えるが、問題であるようには見えない。なまじ知り合いであるだけに手厳しい評価のようだ。
「しかし、たった一か月でここまで機能するのは凄いね」
「そうですか?」
結菜はきょとんとしている。
「みんな、選手権で高踏がどういうサッカーするかイメージできているはずですから、一か月もやれば、大体のことはできて当然じゃないですか?」
去年は手探りでしたけれど、今年は去年積み重ねたものがあるので、一年はその分ラッキーです。結菜は全く疑う様子もなく言った。
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